接近4
「夏菜!二週間ぶりだな!お前の初級英語って、俺の実験の時間と丸被りだから、予定合わすのに時間食っちまった。今週から、俺、時間出来たから毎回会いに来るからな」
弾んだハスキーボイスが耳元で響く。
もう、振り返らなくても誰か分かる。
なるほどね。
カッコいい先輩か。
確かに、君だったら100人でも200人でも、立ってるだけで集めちゃうだろうよ。
テレビの撮影なんか目じゃないね。
あたしだって、きっと今体温50度くらい急上昇してる。
蒸発寸前だって。
ああ、あたしの心臓がドキドキ言ってるの、君の腕に伝わってるだろうな。
「春果君、久しぶり。来てくれてありがとう。すっごく嬉しいんだけど、みんな見てるからさ、離してくれるかな?」
「あ、悪い!嬉しかったから、つい」
胸元の圧力から解放される。
ホッと息が漏れる。
振り返ると、きまり悪そうに笑うキューティーエンジェルが立ってる。
ああ、ほんと何してても、どんな顔してても可愛いな。
相変わらず、触ると気持ちよさそうな、ふわふわの栗色の髪。
ひげとか生えてこないのかな、と無邪気な疑問すら湧いて来るつるつる、すべすべのお肌。
キュンッ
あ、心臓掴まれた。
今日はダボッとめのチノパンツに、シンプルなパステルピンクの英字Tシャツ、それに黒いテーラードジャケットを合わせてる。
グレーのストールがすっごくおしゃれで似合ってる。
キュンキュンする。
やめてやめて、授業前に。
はっ!
てか、授業前なんだよ。
キュンキュンしてる場合じゃねっつの!
「春果君、今日は聴講?」
「ああ、邪魔になんないかな?夏菜の先生姿見たくて来ちまった」
「ふふ、大丈夫よ。ありがとう。じゃぁ、空いてる席に座ってくれるかな?もう授業始まるから。あと、授業中は私の事、Ms. Parkerって呼んでね」
「分かった」
春果君は、まだ何か言いたそうだったけど、あたしの今話しかけるなと言う意図をくみ取ってくれたのか、すぐに席に戻ってくれた。必死のオーラが出てたのかもしれない。
賢い子。
そして、彼が去るのに合わせて感じる敵意満々の鋭い視線。
と、言うか殺気?
これを世間では殺気と呼ぶのか?
四方八方から投げられてる。
こ、怖ええぇぇぇ。
女の嫉妬、ギザ怖す!
あたしゃ、針の筵だよ。
そろりと、一つの視線を辿って行ってみる。
血走った眼と視線がぶつかる。
ひぃっ!
今、女子と目を合わせたら、殺られる!
さすが春果君。
何て熱狂的なファン達を持ってるんだ。
刺激しちゃだめだ。
穏やかな笑顔で今日は男子学生ばかり当てよう。
こんなおばさんが、春果君と話してる事すら気に入らないんだろうな。
あたしにとってだって、何でこんな懐いてくれてんのか疑問でしかないもんね。
そして春果君は、あたしをこんな四面楚歌状態に追い詰めてる事に見事に、一ミクロも気づいてないしさ。
新入生に混じって座って、頬杖ついて嬉しそうな顔でこっちを見てる。こっそり手とか振っちゃってさぁ。
あぁぁ、スーパープリティー♡(*´Д`)ハァハァ
君さぁ、自分がどれだけ可愛いか分かってる?
何でこんだけ可愛い女子達に囲まれて、無関心でいられるんだ?
君に群がってる女の子たちを見てみなよ。
これから授業だってのに、誰もあたし(先生)を見ちゃいねぇ。
「Ok, then, let’s begin, everybody. Please open your textbook, page number 24.」
あたしは、冷や汗ダラダラで授業を始めた。