接近3
いやいやいや、本人何も聞いてないんですけれど。
やっべ、きっとメール見落としたんだな。
最近、疲れててメールも全部流し読みだったしな・・・
だって、処理しきれない量が毎日届くんだもん、嫌になっちゃうよ!
ああ、今日は気分がいっそ乗らなかったから、メイクだって適当だし・・・
あたしはチラッと目線を真下に落とす。
芥子色のセーターに、萌葱のシフォンミニスカート。
一応ストッキングは穿いてるけど、結構な露出だ。
しかしいつ見ても綺麗な足だな。
靴は深緑のローヒールでリボンのヒールコンドームを合わせてる。
耳元のピアスが揺れてるのも、ほっぺたで感じる。
うーん、まずいよね、これは?
テレビに出るんだったら、スーツ着用じゃなきゃだよね?
でも、もう調達する時間なんてない。
今取るべきアクションは;
1) 学部長に電話でテレビの撮影か確認する
2) とりあえず服を調達に行ってる間は自習にする
3) 急に体調不良になった事にして休講
4) 開き直って堂々と教室に入る
さぁ、どれ!?
冷静に考えたら1番をまず最初に選んで、学部長の返答次第で考えるべきだけど、何せ時間がない。
もう10分もしたら、授業開始の爽やかな音楽が流れる。
あれ、本当に良い曲だよね。
いつか、何の曲か誰かに聞かなきゃ。
しかも1番を選んでも、結局学部長が捕まる保証もないしなぁ…
3番はさすがに無責任すぎる。
これは大人としてアウト。
じゃぁ、2番か!?
どこに調達に行くの・・・?
・・・。
えっ、4番しか残ってなくね?
“開き直って堂々と教室に入る”か!?
そうかぁ、そう来たかぁ。
でも、それしか無いよねぇ。
あぁ、今日はつくづく、ついてないな。
これ、誰が仕掛けたトラップだ?
バカなあたしは、まんまと引っかかっちまったよ。
あたしは恨めしい目で、目の前の人だかりを睨み上げ沈黙。
・・・。
よしっ!
今一瞬、授業の時間分落ち込んだ。
だから、もう落ち込む必要ない。
さぁ、覚悟を決めろ、あたし。
怒られはするかもしれないけれど、流石に服装くらいで首にまではならないでしょ。
こう言うのは、恥じらいを見せる方が余計恥ずかしいんだ。
堂々と入ったら、みんなも大して気にはしない。(はず)
あたしの背筋がピンっと伸びる。
首もシャキッと伸び、綺麗な頭部がその上にちょこんと乗る。
艶やかなブラウンの髪を軽く撫で下ろして整える。
形の完璧な左足が上品に前に出る。
そして、右足がそれに続く。
また、左足。
視界の中は、段々学生でいっぱいになってくる。
一番後ろの女子学生に優しい声を投げかけた。
「ちょっとごめんね、君たち。これから授業だから、通してもらってもいいかな」
その女学生は、ハッと勢いよく顔を後ろに向ける。
顔がほのかに赤くなってる。
「あ、ごめんね。この授業取ってるの?カッコいい先輩と一緒でいいね。あたしも聴講したいな」
ううん、取ってるんじゃないんだ。
あたし、実は教えてるんだ。
にこやかな笑顔の裏で突っ込む。
まじ時間やばいから、いちいち訂正しないけど。
あたしは、次の子、また次の子と声をかけつつ人混みの中を割って入る。
赤い顔の子達が、申し訳なさそうな顔で道を開けてくれる。
中には丸無視してくれる子もいたけど。
気付かない振りして、足の甲踏んでやろうかと思ったわ。
良く耐えた、あたし。
しかし、カッコいい先輩ってどの子の事だろ。
あたしの授業は基本的に新入生ばかりのはずなんだけど。
村山君かなぁ。
確かに彼はイケメンの部類ではあるよね。
でも、こんなに学生が集まるほどじゃなくない?
うーん、うーん、高橋君?
あの子は確かにインテリな感じで、魅力的だよね。
4月末で大学生活落ち着いて来たから、イケメン情報が学内に回るようになったのかな。
若い子はいいねぇ。
あたしには、イケメンがいるって分かってても、とてもこんな時間割いてやって来るだけの情熱は湧いてこないわ。
確かな、痛い年の差を感じつつ、あたしはやっと教室に入った。
「Hi, guys! How are you today?」
あたしは、にこやかに教室全体に向かって話しかけつつ、プリント等を机の上にドサッと置く。
地味に重かった。
そして、パソコンに向かう。
あたし専用のIDとパスワードを入力してパソコンを立ち上げたら、USBを差す。
パワーポイントの準備もしなきゃだからね。
ふっ、今日も力作だよ~さっき死ぬ気で作ったからね。
あたしは、にまにましそうになる顔を引き締めるのに意識を集中する。
「夏菜!」
ドンッと後ろから衝撃がかかった。
同時に、キャーッと多くの黄色い声が飛ぶのが聞こえる。
何事?!
本日二度目のテロリズムか?!
あたしの胸の下にギューッと圧迫感が走る。
背中が暖かい。
肩にもこつんと何か温かいものが乗っかった。
え、今度は抱きしめられているのかしら、あたし?