出会い6
「へぇ~、そうなのか。初級英語な。分かった!あ、お前名前は?俺ははるかってんだ」
はるかちゃんは、やっと響君の首絞めから逃れて、あたしに駆け寄って来た。
ああ~、猫みたいで可愛いな。
撫でてあげたら、喉なんかゴロゴロならしてくれそう。
ほっぺたとか、すりすりしたい。
あたしの手が、そろーっと上にあがってく。
はっ!
いかんいかん。
危うく変態に成り下がるところだ、あたし。
「あたし、ナズナって言うの。ナズナ・パーカー。お父さんがオージーなんだ」
「オージー?」
「オーストラリア人って事」
「ああ、そっか」
はるかちゃん、あ、男の子だから、はるか君にすべきか。
はるか君は納得したように、うん、と頷いた。
「ナズナって漢字あるのか?変わった名前だな」
「そうでしょ。夏に菜の花の菜で、夏菜だよ。ナズナって春の七草のひとつで、夏にはなくなっちゃうのに、変な名前だよね」
「へぇ、そうなのか。夏か。俺は春に果物で、春果なんだ。俺たちの名前、似てんな」
「あ、そうなんだ。いい名前だね。春って爽やかで一番好き」
「えー、俺は女みたいで嫌だ。何で最後の一文字を“か”にしたんだろ。もう一つ下げて“き”にしてくれたら、カッコよかったのに」
「“はるき”君?でも、春果君のイメージに合わないよ。あたし、“春果”って名前すごく好きだよ」
春果君は、ビックリしたように目を見開いてあたしを見た。
ちょっと、ほっぺたがピンクにふんわり色づいてる。
「え、何?あたし、変な事言った?」
春果君は、首をぶんぶん左右に振る。
栗色の髪が、それに合わせて揺れる。
ふわっふわで触ったらすごく気持ちよさそうだな。
そして、照れたように笑いながら口を開く。
「いや、ハッキリ好きって言うからビックリしただけだ。さすが外人はストレートだな」
「あ、ごめんね。あたし、オーストラリアにいてもストレートすぎるって言われるくらいなの。傷つけちゃったら、ハッキリ言ってね。空気も読めないから、言われないと分からなくてさ」
「俺は、サッパリしてて楽だよ。男といるみたいだ」
うん、それは、嬉しくないかな。
「なぁ、夏菜!お前先生なんだろ?じゃぁ、何で今日オリエンテーションなんかに来てたんだ?どっかサークルに入りたかったのか?」
「あ、ううん。この大学、どの先生もどこかの学生団体に所属しなきゃいけないみたいでね。あたしも、どこかに入らなきゃだから、どこに入ろうかと見て回ってたの」
「えっ、そうなのか?!じゃぁ、うちに来いよ!うち、マネージャーも今いねぇし、顧問の先生も携帯電話を携帯しないほどの無精者でさぁ、困ってんだ。まだ、どこに入るか決めてないんだろ?夏菜来てくれたら、まじ助かる」
「えっ、でも男子空手部は女子禁制でしょう?あたし、見てわかると思うけど、実は女なんだ」
あたしは、困ったように春果君の顔を見る。
そんなキラキラした顔で、あたしを見るんじゃないよ、春果君。
あたしはね、女なんだよ、実は。
しかも、ただの女じゃなくて、極上の女なんだよ。
春果君はガシッとあたしの両手を掴んだ。
え?何?
「大丈夫!あれは、学生の話で、先生は適用外だから。サークルの円滑な運営のためにも、誰かしっかりした人がいてくれないと纏まんないんだ。な、響、お前も夏菜来てくれたらいいと思うだろ?」
春果君は後ろを振り向いた。
当然ながら、そこに彼奴はいない訳で。
退屈になったのか、何も言わずにどっか行きやがった。
つくづく失礼な奴だな。あたしの授業を取ってるなら、堂々とシメてやるのに。
春果君は、ちょっと困り顔で首をあたしに向かって傾ける。
手は掴んだままだ。
ちょ、近い、近いよ春果君!
チョコレートの瞳が、あたしの抹茶チョコレートの瞳を見上げる。
「ごめんな。響、どっか行っちまった。でも、まじ夏菜に来てもらうのは良いアイデアだと思うんだ。頼むよ。今すぐとは言わないから、考えといてよ。俺、夏菜来てくれたらすっげ嬉しい!」
「うん、わ、分かった。考えとく。あと、春果君、みんなの前では、あたしの事パーカー先生って呼んでね。じゃないと示しがつかないから」
「あ、わり。お前、ほんと若いからさ、年上だって忘れちまう。俺はここの三年なんだ。いつもは生物学部棟に籠って実験三昧。でも、また返事聞きに行くよ。あんまり休憩が長いと怒られちまうから、俺もう行くな。じゃぁ、夏菜またな!」
春果君は、そう言うと爽やかに手を振りながら、舞い散る桜の花びらの中を颯爽と去ってった。
もう何をしたって反則の可愛さだな。
春果君と響君、図らずも空手部のイケメン二人と顔見知りになってしまった。
空手部の先生か。
恐らくマネージャーみたいなこと、してほしいんだろうな。
男所帯じゃ細かいとこまで手回んないだろうし。
しかし、あんなイケメン集団に入ったら、ドキドキであたしの寿命どんだけ縮むんだろう。
春果君には申し訳ないけど、あたしには無理かな。
もっと地味で活動もあまり活発じゃないとこの方が、仕事増えなくて楽だしな。
ごめんけど、自然消滅の予感がするよ?
あたしは、他のサークルを物色するために、また中央講堂に足を向ける。
イケメン達との遭遇の余韻で、胸の鼓動はまだ激しかった。
あたしの頬は、きっとここに舞ってる桜の花びらよりもっと濃いピンクに染まってる。