鬼の嫁入り⑴
血を啜ったかのような真っ赤な唇。犬歯が人より大きい、額から生える突起物。特別な刀でないと切れない肌。三日三晩飲まず食わずでも、働き続けることができる強靭な肉体をもつ。
そのような人間を何というのでしょうか。 もはや人とも言えるのものでしょうか。
鬼なんて今さら時代錯誤も甚だしい。そう思っていた時期もあった。だが、それは真実存在するものだ。だから、私は受け入れなくてはならない。
里はその存在を今も隠し続けている。鬼の特徴が全て現れるものは少なくなった。濃すぎる血がもたらすものを恐れて、外部の血を入れたのは英断だった。その血を選ぶ権利があると思っているのは、思い上がりもいいところだが。例え、自分がその血を引こうとも、部外者の気持ちで勝手にそう考えてしまうのは仕方がない。
「城崎様。ご用意はできましたでしょうか」
ここら一体の苗字は城崎が異常に多い。鬼崎という字が本来の字であったが、分かりやす過ぎるその名を明治初期の戸籍登録の際に変えたそうだ。さながら、高梨を小洒落て小鳥遊と名前を変えて遊ぶように。彼らに言わせれば、鬼の咲らしい。鬼の栄華を祝っている裏の意を含ませたらしい。鬼ということに誇りを持っている種族であるのに、簡単に捨てれる合理性をもつところが腹正しい。鬼の血をを重んじるならば、潔く散ってしまう方が美しいだろうに。咲いたあとは、枯れるか、散るか。現代に人目を忍んで生活をする意味がわからないし、理解したくもない。
「起きられるか。こんな早くに」
不機嫌そうに布団の上に肘をついて上半身を起こしてはいるが、全く起きる気はないことがありありと見てとれる。これが一族の次期当主候補らしい。
「おいたわしい。鬼の端くれにありながら、怠惰なのはなぜでしょうか」
嘲るように城崎は鼻を鳴らす。
「お前こそ大変だな。表面的特徴だけが先祖返りした俺に番わされてな」
彼とはお仲間だ。成人するまで知らなかったが、私はこの里の末裔らしい。勉強が休まずにできたり、運動が疲れずにできたりするといった肉体的な特徴を極端にもって生まれてきたらしい。だから、私は自分が頭が良く他の人間とは違うと驕っていた。
女の方に肉体的な特徴が残りやすく、男の方に表面的な特徴が現れやすいらしい。母も異常に頭が良く、疲れ知らずのキャリアウーマンだったのはそんな裏があったのかと納得すると同時に、両親から自分が鬼といわれる種と聞かされたときは、驚くよりも、まず、自分を恥じた。なまじ、知能が高かっただけに、種が違うものと比べて誇っていたのが痛々しいと猛烈に羞恥の感情が襲ってきた。
人間がチンパンジーより頭がいいといって、自信を持つであろうか。遺伝子の数パーセントの違いは、種を異ならせる。ヒトとオニは交配させることができるから、一応同じ科に属しているのだろう。自分の全てが痛々しく感じて、しばらく反抗期が来たのはいい思い出だ。親愛なる母上はそれを笑っていなしていたのによりいっそう反抗期を拗らせたとしてもいい思い出なのだ。そして、その反抗期真っ只中の男を操縦するのが私の役目だ。
「一応、親族ですが、インターンという形で来てますから、将来のことは気になさらずに。教育者として、大学に合格してもらわないと困りますので、起きては頂けませんでしょうか」
この里はベンチャー企業やら中小企業がそれこそ星の数ほど存在する。一家に数社というふざけた形態をそこかしこに見かける。伝統的な日本家屋の点在する田園風景の中に研究所やら工場が、地下であったり、山の中であったり作られているのだから、笑ってしまう。里を出て、外で働け、引きこもりども、と思うのは私一人ではないはずだ。
大学生も終盤を迎え、働くのか、研究職の道へ進むのか思い悩み、正直、自分の能力を持て余していた。母の勧めもあり、渡りに船と、インターンという形でこの里に数ヶ月ほど滞在することにした。自分の原点を見ておくのも悪くないと思ったのだ。私の性格に全く向いていない教育の名を冠する会社であっても、それが唯一大学と提携していた会社であるから、単位確保のために、選んだのが運の尽きであった。
待ち構えていたのは、柔和な顔をしているが、揉み手で迎える里の鬼たちであった。どうやら、話を聞くと曾祖母はは引きこもりの多いこの里においては珍しく外向的な鬼だったらしく、外に働きに出たきり、婿を見つけ、祖母という子を作り、そのまま外に居着いたケースであったらしい。そして、その祖母も我が母も里の外で婿を見つけ、そのまま外に居着いて今に至るらしい。
日本の例外に漏れず、少子高齢化に苦しみ、なおかつ里の中の血の濃さを危惧しつつもある程度の種の存続を望む、里の上層部たちは私という存在を引き留めることを願った。八分の一のオニは里の血を薄めてくれるだろうとい論見みらしい。それなら、曾祖母には他にも子がいただろうと問い詰めると、ヒトとオニの間では子ができにくいらしく、さらには連綿と続く女系家族が出来上がりやすいらしい。そして、オニの間でも、男は生まれ難い上に、弱い個体が多いため気苦労が絶えないらしい。十年ぶりに里に男の子が生まれた。そして甘やかされて我が儘に育った子どもに里は手を焼いていた。だが、その子は里に唯一の男の子。里から出ていかれては困ると据え膳上げ膳の扱い。しかし、困ったことに、同世代の女からは嫌われている。鬼の女は誇り高い。頭もよくなければ、体も強くない、見かけだけの先祖帰りに興味など示さずに自分たちの趣味に興じている。あぁ、だからこの里には子どもが生まれないのだと嘆くのは里の男衆。
そこで願ってもいない歳の似通ったワンエイスの私の話を聞きつけて里におびき寄せたらしい。