ACT.5
土日更新にしぼろうかな……でもそれだと少ない気がする。
実演とは言ったものの香燐の「今日のところはやめておこう」というドクターストップとも言える宣言により、また後日ということになった。
香燐はそれだけ言うとやることがあるらしく部屋を出て行ってしまったので、部屋には拓夜と玲奈だけが残されてしまう。
「なぁ、虚宮」
「なに?」
「香燐さん、結局この場所とかアンタとの関係とか話してくれなかったんだけど」
拓夜が思い出して聞くと、玲奈もそういえばというような表情を浮かべる。
――忘れてたな、完全に。
とはいうものの自分も忘れていたので反省しつつ、目の前に居る少女に聞くことにした。
「ってワケでさ、教えてくれないか?」
「私が? ……まぁ、いいわ」
ひとしきり考えてから、玲奈は話し出す。
「パンドラの存在は良いことばかりじゃない。それを悪用する馬鹿が出てくるっていうのは簡単に想像できるでしょ?」
「ああ。それは思ってた。でもさ、派手なパンドラなんて使って犯罪でも起こせばどう考えても噂とかには出るだろ? なのにオレはパンドラなんて存在自体知らなかった」
「常識的に考えて、パンドラが明るみに出たら大変なことになるわ。なにせ、街中をほっつき歩いてる人間の中に武器も何も使わないであっさり人殺しが出来るような奴が紛れ込んでるかもしれないのよ? どれだけ混乱するかなんて簡単にわかる。だから、表立ったことにするわけにはいかないの。そのために私達も居る」
私"達"と言うからにはやはり組織なのだろうと拓夜は予測を立てつつ、話の続きに耳を傾けた。
「私達はいわゆる自警団よ。もちろんバックには国家レベルの後ろ盾も居るから、パンドラ専門の警察みたいな組織だと思ってもらっていいわ。香燐はここの責任者で、私は一介の構成員。……構成員って言っても50人すら居ないけれどね。それにホルダーじゃない人のほうが多いから、パンドラを使えるのは10人も居ない」
「たったそれだけで、よく組織が回るな」
「起きることの絶対数も少ないんだもの。あなたみたいな在野のホルダーの保護も滅多にある仕事じゃないし。根本的に、ホルダーの数が少ないっていうのもある。かき集めたとして1万人も居ないって話よ。日本の人口が1億3千万人だから、1万3千分の1以下ね。しかも大多数がその力を使おうとしなかったり気付いていなかったりで、実質的にカウントできるのは千人程度らしいわ」
「千か……予想よりずっと少ないな」
「そんなに多かったら、パンドラなんて当たり前になってるわよ」
もっと――具体的には数万単位でホルダーが居るのかもしれないと思っていた拓夜にとって、告げられた現状は拍子抜けだった。
だが少し考えてみればその通りだとも思う。
万人単位で居たとして、それほどの人数はたとえ国であっても完全に御することはできない。
ニュースや雑誌などの大きなところは情報規制で止めることができても、噂やインターネットの類は断ち切れないだろう。
そうなれば存在が公になるのも時間の問題。香燐の話だとかなり昔からパンドラは存在していたというのだから、既に公になっていてもおかしくはない。
だとすれば、拓夜が知らないほうが不自然になる。
反面、今がそうであるように事実を共有しているのが少人数ならば、情報を外部に漏らさないことも出来るだろう。
「で、組織の役割はもう分かりきってると思うけど、ホルダー犯罪者への対応がメイン。あなたみたいに狙われたホルダーを保護することもあるわ」
「なるほど。……で、この場所はその基地ってわけか」
「そうよ。ただ、カモフラージュはしてあるけれど。私達はあくまでも非公式の組織だから、表立って行動するのは避けてるの」
「カモフラージュ?」
拓夜の脳内ではこの場所は地下で地上部分は何か別の建物になっている……といういかにも秘密基地といった感じの、ロマン溢れる構想が広がっていた。
尤も、そんな訳が無かったが。
「表向きは小さい警備会社よ。確か、ビルとかの夜間警備を請け負ってた筈。あとは近所の催し物のときに呼ばれるくらいの小さな会社ね」
「ああ、そうなんだ」
現実を突きつけられて落胆を隠せない拓夜。
――まぁ、当たり前だよな。
と理解はしているものの、
――異能なんての存在したんだ、このくらい夢を見てもいいだろう。
とも思う。
そんな落胆の色を隠さない彼を見た玲奈は、意地の悪そうな笑みを口元に浮かべた。
「まさか、高校生にもなって秘密基地だとか考えていたわけじゃないでしょ?」
「……悪いかよ」
考えていたことを看破された拓夜は、ぶっきらぼうに答える。
そんな拓夜を見た玲奈が、さらに笑みを深めた。
「なにニタニタしてやがる」
「安心して? 別に子供っぽいだとか厨二病だとか残念な奴だなんて思ってないから」
目の前の少女が意地の悪い笑みを浮かべるのは、それはそれで見惚れてしまう程、画にはなっている。
とはいえ馬鹿にされた男のプライドが、それを素直に認めるのは癪だと叫んでもいる。
結果、拓夜はそっぽを向きながら抗議の言葉を半ば叫び返すことにした。
「絶対思ってるだろ! 子供っぽくて悪かったな! 男の心はいつまでも子供なんだよ!」
叫び返してから、玲奈が口元を隠してあからさまに笑いを堪えているのを見つけた。
――コイツ、Sだ。ドSだッ!!
拓夜の顔が羞恥でうっすら赤く染まる。
「ぷっ、ふふふ……本当に子供っぽいわね、た・く・や・く・ん?」
「アンタがくん付けすんな寒気がするッ」
「お気に召さなかった?」
「当たり前だろ」
羞恥から一転、苦虫を噛み潰したような表情で玲奈を睨む拓夜。
だが玲奈はそんな視線を気にするわけでもなく、微笑を浮かべていた。
「っ、クソ……。そういや、今何時だ?」
思い立って左手首に目をやったが、そこに愛用の腕時計は無い。
今頃になって気付いたが服装は制服のままでもアクセサリは外され、ポケットの中身は空になっている。
腕時計は無く、携帯もポケットには入っていなかったので、拓夜は再び目の前の少女に問いかけた。
玲奈は自分の腕時計に目をやる。
「そろそろ日付が変わる頃よ」
「もうそんな時間かよ。つか、俺どんだけ寝てたんだ……」
「夕方に倒れてからざっと6時間近くね。私が香燐に言われて何回か様子見に来たけど、起きるまでは死んだように寝てたし」
玲奈の言い分に苦笑しつつ、拓夜は答えた。
「そうか、手間かけた。ありがとうな」
「別に、私は仕事だもの。構わないわ。それよりあなたはいいの? 家に連絡とか入れなくて」
「構わねぇよ。親父は当分帰ってこないし、母さんは居ない」
「あっ……ごめんなさい」
プライベートなことを喋らせて、ばつの悪そうな顔をする玲奈。
拓夜は本当に気にしていないといった風に「気にすんな」と言ってみせた。
「正直、気にされても困る。――アンタ、そろそろ帰るんだろ?」
「え? ええ、そうね。いくら明日が土曜日っていっても、そろそろ休みたいし」
「なら、最後に1つだけ聞いてもいいか?」
「別にいいわよ」
「オレ、これからどうなるんだ?」
ずっとここに居なければいけないのか、外に出たらまた狙われるのか、元の生活には戻れないのか……いろいろな意味の篭った質問だった。
玲奈はただ、冷静に答える。
「香燐の判断次第でしょうね。とりあえず、いま家に帰るのは避けたほうがいいわ」
「やっぱりか。わかった、とりあえずはここに居させてもらう」
◆
翌日。
拓夜は目が覚めてすぐ、香燐に連れ出された。
この建物のどこに何があるかなんてことは全く分からないため、前を歩く香燐にひたすら追従する。
そのまま階段を幾つか降りていくと、開けた空間に着いた。
「さて、早速だが昨日言った実技をするよ?」
「本当に早速ですね……」
なにも説明を受けずにここまで来させられた拓夜がため息を吐く。
拓夜のそんな様子に気付いているのかいないのか。どちらにせよ香燐はそれを無視して携帯を開く。
「ふむ、そろそろ来る頃だね」
「来るって、虚宮がですか?」
「玲奈くんもだが、もう1人呼んだ。超人タイプのホルダーだよ」
――超人タイプか……どんな奴なんだ?
来るというホルダーに拓夜は若干の期待を寄せつつその場に立っていると、自分達も使った背後の扉が開く。
気付いて振り向けば、玲奈ともう1人の少女が居た。
亜麻色の髪はショートカットで切り揃えられていて、服装はデニムのハーフパンツにサイズ大き目の半袖シャツ……と、ボーイッシュな感じの少女だ。
外見から見て取れる年齢は拓夜とそう変わらないように見える。
拓夜としてみればゴツい男でも来るのかと思っていたので、またも拍子抜けだ。
「ああ、来たね。まずは里紗くんの自己紹介からいこうか」
「りょーかい」
いたって軽い返事をした少女が、拓夜の目の前に立つ。
「ボクは『流里紗』。那星君だよね、よろしく!」
「お、おう、よろしく」
「そうだそうだ、早速だけどタクヤって呼んでもいいかな?」
「別に構わねぇけど……」
「ありがと! それじゃタクヤ、改めてよろしく!」
苗字で呼ぶのって性に合わないんだよね~と笑う里紗に苦笑いを返す拓夜。
正確には、一気に畳み込まれたことに対する苦笑いだったが。
「さて、自己紹介も済んだし、早速始めようか」
「で、なにするのよ」
「それはボクも聞いてないなー」
「まずは拓夜くん、キミのパンドラを発現させるところから始めようと思うんだけど?」
「え、オレから?」
里紗の能力でも見ることになるのかと思っていた拓夜は、間の抜けた声で返事してしまう。
「そうだよ。なにせ私が知りたいからね」
「そうっすか。でも、どうやってやるんです?」
――自覚もなにも無いってのに、どうやって?
頭の上にハテナマークを浮かべてる拓夜。
突然発現させると言われても、彼にはどうするのか皆目見当もつかなかった。
「昨日は言っても分かりづらいから説明しなかったけどね、パンドラを発動させるには条件がある」
「なにか必要なんですか?」
「ああ。私達は『鍵』と呼んでいるんだが、ゲームでいうMPと言えばわかるだろう」
それはつまり、パンドラを発動させるためにはその鍵が必要になるというわけだ。
「鍵を使って、自らの内にある箱を開く。それが出来ればパンドラは発現するよ」
香燐の手に神医の蛇杖が現れ、まずは「体感からだよ」と手が拓夜の肩に置かれる。
続いて「我慢して」と言われたかと思えば、違和感……というか不快感が込み上げてきた。
だが我慢できないわけではない。
昨日藍童蓮珠にやられたナニカよりは随分マシだ。
表現するとすれば、軽い乗り物酔いのレベル。
そして同時に、血管の1本1本までしっかりと知覚できているような、五感が鋭敏になったような感覚に見舞われる。
そんな意識の隅で何かが光っていて、拓夜はそれを意識の中で手元に引き寄せた。
――鍵?
イメージ的なものだろう鍵が、黒い鍵が、拓夜の意識の中心にある。
拓夜はそれにゆっくりと手を伸ばして――
――確かに、鍵を掴み取った。
では、感想・アドバイス等よろしくお願いします。