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ACT.4

すいません遅れました。


 

「やぁ、はじめまして。那星拓夜くん?」

「は、はぁ……」


 スライド式のドアを後ろ手に閉めながら、白衣の女性は拓夜のベッド脇まで歩み寄ってきた。

 拓夜の口からは困惑の色を多分に含んだ返事が漏れる。


「というか、なんで俺の名前を?」

「うん? いや、調べただけだよ。こんななりでも一応はここの責任者だからね」


 ――確かに、人の上に立つ責任者よりその部下の一介の研究員って感じだな。

 そう思いながら、拓夜は改めてその研究者風情の女性を見る。

 髪は、最低限の手入れはしているのだろうが伸びっぱなしという印象を受ける黒いロングヘアー。装飾品と化粧など皆無な顔。だが、素顔だとしても綺麗な女性だった。

 続いて、悲しい男のさがか、拓夜の意識がそっと体形のほうに動く。

 ――大きい。何がとは言わないが大きいぞこれは。

 つい、比較対象として玲奈の方に視線が動いた。そして戻る。

 玲奈は普通だが、どうしても比べてしまうと劣る。

 例えるなら……富士山とエベレストの差か。


「ねぇ、どうかした?」


 くだらない例えを考えていた拓夜の体が、気付かれた!? と一瞬固まる。

 しかし二人からの視線を見る限り、そういうわけではなさそうだった。

 安堵しつつも、意識を取り戻したばかりでうまく回らない頭を回して取り繕う。


「い、いや、アンタらの関係性が全く見出せないから……親子ってわけじゃないだろうし」

「その通り、違うわよ。それも、またあとで説明するわ。それでいいでしょ?」


 どうやら不信感は持たれずに話題の転換には成功したらしい。

 玲奈の最後の問いかけは、拓夜ではなく傍らの女性に向けたものだ。

 女性は一つ頷き……その後で何か思い出したような表情を浮かべる。


「その前に、私の名前を教えてなかったね。私は『住屋すみや香燐かりん』というんだ。以後よろしく頼むよ」

「あ、はい。よろしくお願いします……?」

「うん。良い返事だ。さてさて、いい加減焦らしてもしょうがないからね……知りたいことを教えてあげるよ、拓夜くん?」


 何気なしに返したむしろやる気なさげな返事を良い返事と言われて、どういうリアクションを取るべきなのか考え始めていた拓夜だったが、続けて香燐の口から放たれた言葉に意識が引き寄せられる。

 知りたかったことをようやく説明してくれるというのだから、当然の反応だ。

 拓夜は意識せずとも、上半身を起こしていた。瞳は香燐の方を向いている。


「おっと。寝ていたほうが体には良いんだけど、もう大丈夫そうだね。それじゃあ何から話そうか……リクエストはあるかい?」

「じゃあ、『パンドラ』って何なんです?」


 ほぼ即答で、拓夜は答えた。

 ここは何処なのか。アンタらは何なのか。襲ってきたアイツらは何なのか……等々、聞きたいことはいくつかあったが、記憶を辿るに『パンドラ』というものが深く関わっていることは間違い無いと確信を持っていたからこその即答。

 香燐は予想通りといった感じでその質問を受け付けた。


「難しいことを言う気は無いから安心してくれて良いよ。それに対する最も単純な回答としては、『超能力』と言えばわかりやすい。人の理を超えた能力。それが『パンドラ』さ」


 胡散臭い……とは言い返せない。

 拓夜はもう幾つか――藍童の『操り人形(マリオネット)』、燕理の発炎能力、玲奈の不可視の力――少なくとも、3種類は目の当たりにしていた。

 空間を封じ込めた結界と瞬間的に消えたあれも含めるのなら、その数は5種類となる。

 そこまで見ておいて、そんなものあるわけがないと言えるわけも無かった。


「ここで1つ。超能力というと……君は具体的にはどんなものを思い浮かべる?」


 突然の問いかけに「そう言われても」と思いつつ、拓夜は一考してから返答する。


「火を出したり、電気を操ったり、念力みたいに見えない力を使ったり……あとは心を読むとか、透視とか――」

「ああ、うん。そのくらいでいいだろう。ここでさらに質問を重ねさせてもらうよ? いま拓夜くんの言った5つに共通することはなんだと思う?」

「そりゃ、普通の人間には使えないってことじゃ?」

「それも確かにそうなんだが……そうじゃなくて"使うときにはどうやって使う能力か"というところに焦点を当てると、わかることがもう一つあるだろう?」


 ――もう1つ?

 拓夜が挙げた5つは、『発火』『発電』『念力』『読心』『透視』の5つ。

 それらを使うときの共通点は……


「直接、使う?」

「そう! そこだよ」


 直接、つまりは行使者が自分の体から炎などを発生させて扱うということ。燕理の炎などだ。

 回答にズイッと身を乗り出してきた香燐に反応して背を逸らせる拓夜。

 拓夜は玲奈に視線を向ける……が、玲奈は香燐に対する呆れで取り合ってくれそうに無かった。


「おっとすまない。癖というか、ついね」

「い、いえ、大丈夫です」


 離れた香燐が、咳払いをしてから説明を再開する。


「手から炎を出したり心を読んだり……とまぁ、その辺りは全て行使する人間が炎を出したり、相手の心を脳内に投影していたりするわけだ。超能力と言われて大多数の人間はそれを想像すると思う。でもパンドラはちょっと違ってね」

「違う?」

「それだけじゃないって事さ。玲奈くんからの報告は聞いているよ。キミを殺そうとした相手は炎を扱うパンドラ、確かに万人の脳内にあるイメージ通りの超能力者だろう。だがそういった超能力は所詮パンドラの"一種"に過ぎない。例えば私もホルダー……ああ、パンドラ所有者のことを"ホルダー"と呼ぶんだが、私のパンドラはこういうものだ。――顕現リアライズ


 何かをつぶやくと同時、香燐の手の中に光が集まり何かを形成していく。

 一度球状になった光の塊は、杖のように細長く伸びてその手に収まる。

 拓夜はそれをいたって真面目に見届けた。


「『神医の蛇杖(アスクレピオス)』。怪我や病気の治療が主な能力のパンドラだよ」


 彼女はカツッと杖を床に突いてみせる。

 頭部分にエメラルドのようなクリアグリーンの宝玉の埋め込まれた杖の長さは1メートル程。そこに蛇が巻き付いているデザインだ。

 太くは無いが細すぎて華奢と言うわけでもないので重そうではあるが、香燐は事もなさげに持ち上げていたことからそこまで重くはないらしい。

 それと、拓夜は研究者かと思っていたが杖の能力からして医者のほうだったようだ。


「さて、違いがわかるだろう」

「形を持っていること?」

「正解だ」


 ズイッ。


「……香燐さん、近いです」

「おっと、二度目ですまない。――説明に戻ろう。キミの言う通り、私の能力には杖という形がある。さらに言えば、この杖が無ければ私は能力をほとんど使えない。玲奈くんのように無手で能力を使うというわけにはいかないのさ。私が知っている範疇では他にも剣や盾、それに鎧とかね。何かモノを能力として扱う者は、私の杖のようにそれを媒体として能力を扱うタイプとそれ自体が何かしらの能力を持っているタイプが居る。あとは体のどこかに能力を持っている……瞳に能力を持っていたり、異常なまでの脚力だったりするパンドラだね」


 ここで一度説明を切って、香燐は拓夜に何か質問はあるかと無言で示す。

 拓夜は首を横に振って続きを促した。


「よろしい。さて、既にわかったと思うが、パンドラの種類は無数にある。それこそ千差万別。ホルダーの数だけ能力があると言っても過言ではない。……もちろん、同じような能力を宿したホルダーも居るらしいけどね。全てをまとめると『超能力』タイプのパンドラ、『媒体』タイプのパンドラ、『武具』タイプのパンドラ、『超人』タイプのパンドラの4つに分類できる。――以上がパンドラの解説になるよ」

「まぁ、香燐はアレコレ羅列したけど、覚えるのが面倒なら『ただの人間には出来ないことができる』のがパンドラだと思えば間違いないわ」

「玲奈くん、それじゃ私の説明の意義が無くなっちゃうだろう? とはいえ、まぁ間違いではないが」


 納得顔をしていた拓夜だったが、実際のところ最後のまとめくらいしかきちんと理解できていないので香燐と玲奈のやり取りには苦笑するしかない。


「さて、私の説明は終わったわけだが……全体を通して何か質問はあるかな?」

「なら……どうしてパンドラは生まれたのか、いつから存在するんです?」

「いい質問だね。でも、残念ながらその質問には答えられない。あえて言うのなら、"分からない"というのが答えかな。少なくとも私は生まれたときから神医の蛇杖を持っていたよ」

「へぇ……じゃあ香燐さんはなんさ――」


 拓夜は不意に出そうになった言葉を押し込める。

 というか、そうせざるを得なかった。

 香燐の絶対零度とも言える視線が拓夜を真正面から撃ち抜いている。

 その目には殺意すら篭っているようにも思えた。


「ん? 何か言ったかな? 質問なら答えるが?」


 さらに杖の細い下端を首元に突きつけ、わざとらしく聞き直してくる香燐に対して拓夜は冷や汗ダラダラ――殺されかけたときより酷いかもしれない――で首を横に振った。


「い、いや……なんでもない、です。はい」

「そうか、ならいいんだが」

「馬鹿ね。女性にその話題はタブーに決まっているでしょう」


 杖の先が首元から離れて一息。

 アハハ……と再び苦笑いを浮かべた拓夜に玲奈から痛撃が送られるが、それもやはり苦笑いでしか返せない。

 後悔しつつ、切り抜けようと質問を考える拓夜。

 だが拓夜が口を開くより早く、香燐が口を開いた。


「続きを話すよ? 一説によれば、パンドラは数百年以上も前からあるとされる。定かでは無いがね。でも、1つの原因だけは判明しているんだよ」

「原因?」

「キミも、どこかで耳に挟んだことがあるはずだ。『パンドラの箱』というものを」


 ――『パンドラの箱』

 ギリシア神話に記された、地上最初の女性パンドラが開けたとされる箱。

 ゼウスは全ての悪を封入した箱を、決して開けてはならないという言いつけと共にパンドラへと送った。

 しかしパンドラは言いつけを破り、その箱を開いてしまう。

 その瞬間ありとあらゆる災禍が飛び出したが、パンドラが急いで蓋をしたので中には『希望』だけが残された。

 以後その箱は『パンドラの箱』と呼ばれ、『決して開けてはいけないもの』を意味するようになる。


 拓夜は、部分部分しか覚えていないそれを思い出した。


「異能であるパンドラが発生した原因は『パンドラの箱』……というのは、我々ホルダーの中では常識だ。なにせ総称にもなっているわけだからね」

「ってことは、神話上のパンドラの箱は実在するとでも?」

「まさか。ただの比喩……のはずだよ。断言出来ないのが実情だがね。パンドラの箱が開かれて出てきたのは災厄ではなく希望でもなく、そのどちらにもなる我々の能力『パンドラ』。誰かがそう唱えたらしい。それが今日こんにちまでこの異能の名前として受け継がれているのさ」

「だとしたら、おかしくないですか? 原因は判明してないってことに……」

「まだ話は終わってないよ。我々ホルダーにとってパンドラの箱とは、神話上のそれとは別にもう1つ意味を持っている。――原初のパンドラ『パンドラの箱』という意味を。こちらの存在はしっかりと確認されている」


 原初のパンドラ。

 つまりは世界最初のホルダー。


「原初がいつこの世に現出したのかはわかっていないが、『パンドラの箱』の能力はパンドラを人々に与えること。現存するホルダーの持つ異能は全てそれによってもたらされた。……つまり、パンドラの箱がパンドラの発生した原因さ」


 そして、と一拍間をおいて……。


「あー、いや、この先はまた今度にしよう」

「え?」

「一種の機密みたいなものでね、あまりペラペラと喋れる内容じゃないんだ」


 考え直して、香燐は口を閉じた。

 拓夜も機密と言われてしまえば口出しできない。


「さて、後は実技を交えながら説明しようか」

「実技って……俺はパンドラなんて使えないですけど?」


 拓夜にとって生まれたときから持っている特殊能力――なんてものは、カッコイイとは思えても持っていないのが実情だ。

 というか、見るまで異能の力なんてものは創作の世界でしかあり得ないことだったのに。

 ――そんな俺に、実技って何をしろと?

 首を傾げながらも、香燐を見る。


「いや、キミもパンドラを持っているよ。でなければ、命を狙われる理由が無いからね」


 だが、掛けられたのは拓夜の発言を否定する言葉だった。

 本日何度目かの混乱が始まった脳内をなんとか御し、声を紡ぎだす。

 尤も、それも確認するための言葉になったが。


「俺に……パンドラが?」


今回は説明回でした。


おかしい所があった場合、よければ報告を。


それでは。

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