02 見届け
クラークはバートを連れ、とある場所へと足を運ぶ。
普段でもいかめしい顔はさらに厳しく、ほとんど人を寄せ付けない。
目当ての場所の先では、人の声がきれぎれに聞こえる。
石造りの建物の先に開けた場があり、板で小さな舞台のようになっている。
向こう側には人が群がり熱心に見物していた。
舞台の上には切り株のような物が置かれ、今は濡れている。――血の色で。
大声で爵位と名前と罪状を呼ばわる声の後、半狂乱であったり既に虚脱状態の罪人が引きずり出され、民衆が歓声を上げる。
ここは処刑場で、今まさに娯楽を兼ねた公開処刑が行われている。
今日処刑されるのは先の隣国の王妃を殺害しようとしたかどで捕らえられた貴族などだった。芋づる式に反逆罪で捕らえられたより高位の貴族にも、もう少しの温情はあれど『死』が与えられる。
人々の目当てはただ一人、高名な罪人だった。
「ベニーズ伯爵令嬢、フローラ・ベニーズ、旧名フローラ・アンダーソン」
おごそかな呼び上げに、民衆がどよめく。
今日一番の、見世物。
――フルール・ド・フルール。花の中の花。『黄金の女神亭』の最上級と謳われた、金髪と碧い瞳の佳人。
滅多にお目にかかれない花街の花が罪人として引き出されるのだ。
若い美女が斬首される様を一目見ようと、押すな押すなの盛況だ。
フローラに先立ってはアーデン伯が親子揃って処刑されている。泣き叫び、この期に及んでも死にたくないと喚いていた。
お貴族様の醜態に、民衆は溜飲を下げて娯楽とする。
だが民衆の注目は輝く金の髪、きらめく澄んだ青い瞳、美貌と教養と優雅さで男性を魅了し尽くしたと噂される『女神』だった。
しかし両脇を顔を隠して返り血の目立たない長衣で身を包んだ役人に支えられて登場したフローラに、少なからぬ失望の声が上がった。
悲運の美女を想像していたのに、一気に老け込んで生気も乏しい女性が現れたからだ。喪服に身を包み、金の髪は櫛が入れられずにざんばらにほどけ、瞳はどこか虚ろにさまよっている。
現状を認識しているのかいないのか、よろめきながら断頭台の前で膝をつく。
「反逆罪に荷担、および侯爵殺害未遂で死刑」
淡々と読み上げられる罪状も耳に入っている様子はない。
クラークは姿を見られないよう注意しながら、窓から推移を見守っている。
ついさっきのアーデン伯達の処刑も見届けた。ごろりと落ちた首は髪を持って晒され、体は舞台横に放られた。
「親父殿……」
「本来なら私自身が剣を振るいたいところだが」
「騎士の剣にかける価値はないでしょう。処刑人の斧が女狐には相応しいと思いますがね」
クラークは唇を引き結んで眼下の光景を眺めている。
長い金髪は横に流され、項をあらわにされている。肌ばかりはさすがに白く、喪服との対比をなしていた。
民衆はさっきまであげていた歓声がなりをひそめ、固唾を呑む段階にきていた。
若い美女が罪人として首を落とされる。断ち切られる細い首も見事な肢体も、もうすぐ意味をなさなくなる。
最高に興奮を呼ぶものであった。
ふとフローラが首を巡らせた。抵抗というより何かに気付いたような。
目が合ったとは思えないが、自分のいる方にフローラが視線を投げた。
生きながら死に足を突っ込んでいるような、虚ろな眼差し。
フローラはぐいと前を向かされ、肩と腕を押さえ込まれる。
処刑人が鈍く光を放つ斧を振り上げた。
しん、とあたりが静まりかえる。遠くで猫がのどかに鳴いた。
ぶんと空気を震わせる音の後で、鈍い音。骨と斧がぶつかり断ち切られた音。
ごろりと首が断頭台から落ちた。この処刑人は腕がよい。
虚ろに見開いた目と口がいっそう痛々しさを増している。
興奮を抑えかねた声が民衆の後ろから上がり、伝播して歓声になった。
女神が死んだ。罪人となって死んだ。一種異様な興奮は長く続いた。
「死ぬときまで注目を浴び続けたんだ。いっそ本望かもしれません」
誰よりも己の力を信じ、頂点に立とうとする野心は男であったら刮目したかもしれない。道を外れ罪に沈んでしまったが。
クラークはかつては親しい時もあった女性の末路に立ち会った。
これでもうエリザベスは脅かされることはない。
「遺骸はどうなるんです?」
「さあな。私の関与するところではない」
老ベニーズ伯もからくりの棺から引きずり出され、死んではいても罪を問われた。
首と胴は別たれている。とりあえずは首は並べて晒されるだろう。名前の順で晒されるから愛しい女と隣り合って。
棺の中で一緒か、今日処刑されたのをまとめて穴の中か。
どちらにせよ、ベニーズ伯とフローラは今後離れることはないのだろう。
クラークは踵を返した。
後の処刑に興味はない。仕事はまだ残っているのだ。