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この危うい関係  作者: 素子
本編
22/52

22  仕来り

 クラークの領地に入りあと少しで城というところで、一行は休憩を取った。クラークとバート、エリザベスと侍女は村長の家に落ち着く。村長夫妻はクラークには恐れを含みながらへりくだっていて、クラークは厄介になる礼を言葉と金貨で示した。

 向けられる好奇の目を感じて、エリザベスは帽子に付けているベールで顔が隠れるようにと姿勢を変える。喪服を着た婚約者など、憶測をよんで当然だ。愉快な気分ではなかった。

 お茶が出され、当たり障りのない歓談の後でクラークが出立すると腰を上げた。


 再び馬車に乗り込むのだと思っていたエリザベスの前に、ひどくきまりわるそうな体でクラークが対峙する。


「レディ……領地でも最も城に近い街に入るに当たって、お話があります」

「なんでしょうか、ウォーレン卿」


 旅装のクラークは外套を手に、立っている。立っているだけで大きく威圧感もある。

 それが逡巡する様子なのは、いささか異様だった。


「我が一族は伯爵位をいただいておりますが、元を正せばいわゆる山賊でして」

「そうでしたの」

「討伐にいらしたハーストの国王に臣従することで、元々の根城だった土地を領地としていただき、以来この地を治めて参りました」

「出自を恥じていらっしゃるのですか? どの国も開祖や貴族といってもならず者の成り上がりか、簒奪者です」


 山賊の頭領を祖先に持つかとエリザベスは考えて、クラークに当てはめてみて納得する。王城で伯爵然としているよりも、剣を手に馬に乗って獲物を追い求めているのが相応しい。

 過去がどうあれ、現在では代々続いた伯爵だ。別に恥じることはないだろうとエリザベスは問題視していなかった。クラークはエリザベスに、しどろもどろな説明を続ける。


「あ、私も恥じているわけでは。祖先が国王陛下に忠誠を誓ったおかげで、私も陛下にお仕えできるわけですから。

 申し上げたいのは、その……略奪行為の名残というか。領主が、花嫁を城に連れ帰る際には、あの……馬に乗せる仕来りがありまして」


 エリザベスはしきたり、と小さく呟いた。

 変わってはいるが、要するに代々続いたウォーレン家の伝統のようなものなのだろう。


「では、わたくしはデボラに乗ればよろしいんでしょうか」

「いや、あの……私の馬に私と一緒に乗っていただきたいのです」

「わたくしが、卿と相乗り、ですか」


 うろんな眼差しを向けているエリザベスに、クラークは冷や冷やしていた。バートはおっさん頑張れと心の中で激励しながら、熊親父の試練を観察している。ある意味、これからは熊親父との婚約を承諾した時以上に、レディを怒らせかねないなりゆきだからだ。

 ここで賭けの中でも多人数が選択したために配当が下がった『婚姻前に駄目になる』が実現する山場かもしれない。クラークは苦しい説明を続ける。


「略奪した、いえ、連れ帰った女性を逃がさないように馬に乗せたのが始まりらしいんですが。代々それを踏襲していまして」

「わたくしも同じように卿と相乗りしろ、と」


 碧の瞳がこころなしかきつくなったような気がする、とクラークは背筋がぞくりとする。いい年をして、目の前のエリザベスに気圧されている。

 仕来りとして、領主は花嫁になる女性と相乗りして城まで披露する。自分の両親である先代も、伝統をたがえることなくこなしたと聞いている。自分としてはどうでももいいとは思っているが、やらずに済ませるのを赦してくれない領民や城の人間がいる。

 ために、冷や汗をかきながら自分の『仮の』婚約者であるエリザベスを説得中なのだ。


「領民への披露目も兼ねていますので」

「……ウォーレン卿」

「は、い」


 いつものように喪服に身を包んでいるエリザベスは、静かにクラークに呼びかけた。

 婚約したからとけしてクラークとは呼ばない。少し残念だがそれも当然とクラークは考えていた。


「わたくしは、いずれこちらを去ることになるでしょう。それでもですか?」


 ずきりと、胸が痛むのを自覚しながらクラークはそれでも、と頷いた。

 エリザベスは小さく息を整えてから、クラークに手を差し出した。


「笑って手を振ったりする必要はありますか?」

「それは……領民に応えていただければありがたいとは思いますが、無理強いはいたしません」


 自分のよりはるかに小さな手を取りながら、クラークはエリザベスが受諾してくれたのが半分信じられない。

 二人で繋がれているウルスス号のところまで歩いていく。バートやついてきた騎士達が目くばせをしたり、中には悔しがる様子を見せる者もいるのを確認しながら、クラーク自身はふわふわした心持だった。


「ウルスス、しばらくわたくしも乗せてくださいね。重くて申し訳ないのだけれど」


 戦の装備に比べれば、と言いそうになりクラークは口をつぐんだ。

 女性に年と体重の話はするべきではない。

 先にエリザベスを横のりに馬上へと抱き上げ、その後ろで鞍にまたがる。手綱を取って馬を進めた。ウルススの歩みに合わせて、時折エリザベスに触れる。

 クラークは今日のことは忘れないだろうと強く思った。



 沿道では、領主の帰還を待ち構えていた人々の歓声に迎えられる。我らが領主が戦で活躍し、元気に戻ってきたのだ。晴れがましく誇りに思う領民は、口々にクラークをたたえて手を振る。

 たとえ、いかつく恐ろしい顔を向けられても、基本的に領民はクラークを慕っていた。


 そのクラークが手綱と腕で囲っている女性に、必然的に注目は集まる。

 まず喪服姿というのが異様で、ベールで顔もよく見えない。そのうちにエリザベスの素性を知る者もいたようで、困惑の表情も見て取れるようになった。

 歓迎の中に、次第にいぶかしさを含むようなざわめきが生じる。

 その雰囲気をクラークとエリザベスは感じ取った。


「ウォーレン卿、腕をお借りいたします」

「レディ?」


 手綱を握るクラークの腕に手をかけ、ベールを上げたエリザベスは微笑を浮かべて反対側の手をあげた。顔を沿道の両脇に向けて控え目ながらにこやかに手を振る。クラークと目が合って怯えた子供が、次にエリザベスに微笑まれてつられて笑う。おかしな雰囲気になりかけていた沿道は、再び歓迎一色になった。


 バートも別の意味で、今日のことはけして忘れられそうにないと思っていた。

 前を行く熊親父の無駄に広い背中でところどころ判然としないものの、領民が声をあげて手を振るさまで理解する。

 レディが伝統にのっとった振る舞いをしているのだと。

 おっさん、嬉し泣きをしているんじゃないだろうか。感動のためか時々背中や肩が震えている熊親父を眺めながら、バートはそんなことを思っていた。

 もちろん、歓迎の意を表さないような不穏な輩がいないか、注意深く周囲を観察しながら。



 二人は馬に揺られて城へと着いた。城は堀代わりの崖の上に建てられており、確かに攻め入るのは難しそうだった。橋を渡り、万一の時には領民を収容できるような建物、畑や家畜小屋、礼拝堂が点在する奥に、城の入口があった。

 馬からおりてエリザベスはほっとする。仮の婚約者の身でクラークと接近するのは好ましくない。今日はクラークの凱旋だったから手を振ってはみたものの、いずれ本物の花嫁を馬に乗せて同じようにクラークは城に入ることだろう。

 城は古風なつくりだった。高い塔を有し、堂々とそびえたっている。


「塔からの眺めは素晴らしいでしょうね」

「お約束します」


 返事をするクラークだが、様子がおかしい。

 エリザベスはそれに気づいて首をかしげた。


「ウォーレン卿、どうかなさいましたか?」


 クラークは、エリザベスの問いかけにのろのろと顔を向けて、こくりと唾をのみこんだ。ここで二度目の難関に立ち向かわなくてはならない。


「レディ……。城に入る際にも、仕来りがありまして」

「なんでしょうか」


 嫌な予感を覚えつつもエリザベスは聞かざるを得なかった。

 クラークのためらう様子からは、絶対にありがたくない仕来りに違いない。こんな時の予感は外れない。

 告げられた内容は思いきり、ろくでもなかった。


「城に入る際、花嫁を抱いて扉をくぐるのです」



 一瞬踵をかえして、近くにいるはずのデボラに飛び乗ろうかと思った。それがかなわなければウルススでもいい。そのまま駆け去ってしまいたい。

 物騒な逃走を企てそうになったエリザベスの心中を知ってか知らずか、クラークはしどろもどろだ。


「やはり、女性に逃げられないようにと。あの、祖先は肩に担ぎあげたそうですが、最近はさすがにそれはいかがなものかと、抱き上げる形に改められたそうです。レディ……」

「それは……回避することはかないませんの?」

「仕来りなのです」


 略奪された女性の心中を思い、エリザベスは瞑目した。さぞ恐ろしく、やるせなく、憤っていたことだろう。

 そんな祖先にも、そんな蛮行を仕来りとした子孫にも何か言ってやりたい気でいっぱいだが。

 

「しきたり……ですのね」

「はい、重ね重ね申し訳ない」


 ここで立ち止まっていては誰も城に入れないのだ。

 エリザベスは覚悟を決めた。


「これきりに願います。どうぞ、おやりなさいませ」


 エリザベスはクラークが目を見開くのを、そしてその視線が自分の頭の上から足先までたどるのを複雑な思いで見守った。

 ふら、とクラークが近づいたかと思ったら、エリザベスはいきなり抱き上げられていた。あっと思い、慌ててクラークの首に腕を回す。びしり、とクラークが硬直した、ように思えた。

 なぜか振動を感じてクラークを見上げる。果たして、クラークは細かく震えていた。


「ウォーレン卿?」


 二度よびかけても反応はなく、たまらずエリザベスはクラークの頬を軽くはたいた。

 びくっと大きく体を揺らした後で、クラークはゆっくりと視線をエリザベスに向ける。そこには自分に抱き上げられたままで心配そうな表情をした、婚約者がいた。


「大丈夫ですか? わたくしが重いのでしょう?」

「いえ、そんな、滅相もない。レディなら抱き上げて走っても平気です」

「わたくしは平気ではありません。お入りになるならどうぞお早く」


 冷ややかに――クラークにはそう感じられたが、先を促されてエリザベスを抱いたまま城の玄関をくぐる。

 中はひんやりとして、薄暗い。次第に目が慣れたエリザベスが周囲を見渡して感嘆の声をあげた。


「ま、あ。おとぎ話のお城のよう」


 床にいぐさは敷いていないが、入ってすぐが大広間になっていて木の椅子と長く大きな卓が置かれている。暖炉があり、天井は高く奥には塔へと続く階段が見て取れる。

 壁には緻密な壁掛けが下げられていて、歴史を感じさせた。


「素敵な城ですのね」

「お気に召したなら、なによりです」


 幾分か上の空で返事をしていたクラークは、礼をしている城の使用人に気付いて表情を引き締めた。


「ウェンブル伯、クラーク・ベケット・ウォーレンが戻った」

「おかえりなさいませ」


 朗々と響く声に使用人も声をそろえて返事をする。統制のとれた、使用人達だとエリザベスは感じる。中央に控えていた男女が顔をあげた。


「旦那様、おかえりなさいませ。此度のご活躍に加えてのご無事のご帰還、なによりと存じあげます」

「アダムス、今戻った。レディ、この城の管理を任せている家令のコンラッド・アダムスだ」

「初めまして。アダムスとお呼びください。奥様」


 奥様と呼ばれてエリザベスは身を固くする。抱き上げているクラークにも動揺が伝わった。


「アダムス、レディはご夫君とお父君の喪中だ。婚約も仮の段階なので、レディ・エリザベスとお呼びするように」

「承知いたしました。レディ・エリザベス、先ほどの失礼をお赦しください」


 エリザベスが鷹揚に頷くと、白髪も美しい家令が恭しく礼をした。

 アダムスの隣の女性は、感激のあまり手を胸の前で組み合わせてうっすらと涙ぐんでいた。


「神様、感謝いたします。私の生きているうちに、旦那様が仕来りをこなすさまを見られるなんて。もう悔いはありません」

「バーサ、控えよ」


 クラークはエリザベスにバーサ・ミドルトンは自分の乳母だったこと、今は城の女性使用人のまとめ役であることを告げた。

 エリザベスは説明に頷きながら、いつまで抱かれたままなのだろうとうんざりし始めていた。こんな状態はいい恥さらしでしかない。


「お部屋の準備も整っております。長旅でお疲れでしょう。ごゆるりと」

「そのことだが、アダムス。先ほども言ったようにレディは喪中で婚約もまだ仮だ。客室をしつらえて、そちらにレディを……」

「なりません。仕来りは仕来りです」


 クラークの指示を遮る強い口調はバーサから発せられてる。

 小柄な、白髪交じりのどこにそんな気力がと思うほど強い眼差しに、エリザベスはもちろんクラークも黙り込んでしまう。

 バーサは一歩も退かぬ覚悟でもって二人をねめつけている。

 エリザベスがバーサからクラークに視線を移すと、クラークの額から汗が滲んでいる。


 まさか、このうえまだ仕来りとやらがあるのだろうか?

 エリザベスが口を開こうとした刹那、バーサがきっぱりと言い放つ。


「領主が花嫁を連れ帰った最初の夜はご一緒の部屋で朝を迎える、これは仕来りです」

「ウォーレン卿……冗談、ですわよ……ね?」


 一縷の望みをかけたエリザベスの質問は、無言の、こめかみを伝うほどの汗をかき、頬を紅潮させているクラークによって冗談でも嘘でも夢でもなく、現実なのだとの残酷な答えを突き付けられた。







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