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この危うい関係  作者: 素子
本編
12/52

12  可能性

 クラークは渋面のまま腕組みをして座っている。バートは久々に野生の熊親父が現れたかと、いくぶんか感動している。

 不器用極まりない時ならぬ想いに振り回される熊親父はまあ微笑ましいかもしれないが、こと暴力の気配が漂った際の熊親父はバートがさすがと敬服する貫禄がある。


 今回の件は性質が悪い。黒幕と目的も重要だが、対象が問題だろう。

 あの場にいたのはカデルの王族関係者達とハーストの護衛、従者や侍女だ。

 親父殿は恨みを買っていてもおかしくはないが、まず間違いなく狙われたのはカデルの王族関係者だろう。元王妃、王子に姫。王子が狙われるのは分かりやすい。元王妃なら目的は何だろう。

 バートも可能性を箇条書きにしながらも、それ以上に熟考している熊親父をうかがう。

 あの襲撃があの方がらみなら。相手は愚かなことをしたものだ。


 怒れる熊親父ほど恐ろしい存在を、バートは知らない。手負いの熊とどちらがましか、と酒の席で話題になったこともある。結論は言葉が通じるだけ熊親父のほうが、というものだった。


 戦場で相手に含むところがなくとも敵というだけであれだけ苛烈な戦い方をするのに、もし。もしも。あの方への害意絡みだったとしたら。

 ……周りの者が恐怖でうなされる羽目になるだろう、とバートは断言できる。

 手だけで首の骨を折りかねない。剣でなら首と胴は分断されるだろうし、ましてやハルバードなら。槍、斧、長い柄。重い石突き。あれのどこでやられても痛いに決まっている。苦しむに決まっている。

 どこの誰だか知らないが、熊親父を敵に回した場合の未来は限りなく暗い。

 

「親父殿。警備の人員は増やしました」

「そうか。道中の先遣の者にもより一層の注意を促せ」

「人選も留意しています」

「方々の様子は?」

「特に変わりはないようです」


 クラークは立ち上がり、バートの持参した矢を手に取った。国王陛下に報告しなくてはならない。布で包んで傍目には何か分からないようにする。

 部屋を出て、この館の主の部屋に落ち着いている陛下のもとへと赴いた。


「矢で……か」

「持ち主の特定はできませんでした」

「だろうな。何の変哲もない」


 毒が塗ってある可能性を考慮して、直接は触れないがハーストの国王は興味深げに矢を眺めている。面白がっているようにも見えるが、底に不快を滲ませている。

 

「せっかくの気晴らしにとんだ横やりだな。まあ今回は槍ではなく弓矢での襲撃だが」

「そのことですが」

「そうだな。謎が多い」


 ハースト国王、レジナルド・ブリス・キングスリー・ハーストは拳にかためた手の上に顎を乗せて、視線を宙にさまよわせる。

 かすかに眉がしかめられているのからして、愉快な思索ではないのだろう。

 クラークも内心は国王陛下と同感だ。いわば眼前で挑発されたに等しい行為に、敵愾心が自然わき上がる。


 気に入らない。全くもって気に入らない。

 何より気に入らないのは、背後から狙われたという点だ。

 自分が標的ならば対処はどうにでもなる。だが、あそこにはエリザベスがいた。

 状況からすれば。


「今回は警告の可能性もあります」

「ふ、ん……親切なことだ。わざわざ警戒せよと教えてくれるのだからな」


 ひとかけらの感謝の念もなく、国王は吐き捨てた。

 それでもクラークがエリザベスと合流してから矢が放たれた。クラークが到着する前に襲撃が可能だったかもしれないのに。

 

「レディ・エリザベスの様子は?」

「弓矢とは気付いていませんでした。動物が音をたてたと思わせるように誘導しましたので」

「ならばそちらは泳がせておいてよい」

「陛下、それは……」


 クラークが語気にかすかに非難をこめた。

 国王は臣下を面白そうに見やった。あせた金色の髪の毛と髭は、知らない者が見ればならず者が入り込んでいると確信させる人相の悪さだ。

 顔の傷がなおさら凶悪さに拍車をかけている。今、その顔が心外だと告げていた。


「そなたが標的ならば、誰が一番恨んでいる?」

「ですが」

「あらゆる可能性は排除してはならぬ」


 言い込められて正論だとクラークは黙る。ただ、エリザベスがそのような策をとるだろうかとの疑問は残った。


「ここはレディの館、レディの父親の領地だ。使用人達も以前と同じ。館に誰よりも詳しいのがレディなら、実行も可能だ」


 たとえば隠し通路であったり、秘密の合図であったり。

 忠実な使用人を介せば実行犯まで命令を届けるのも可能だと、国王は匂わせた。

 クラークが最も認めたくない可能性を、喉元につきつけられる。

 さすがにそれ以上追い込むつもりもなく、国王はふっと雰囲気を緩めた。


「あくまで可能性の一つだ。私とてそう思いたくない」

「レディ・エリザベスからは、殺気は感じられませんでした」


 もしエリザベスが主犯で標的が自分なら、とクラークは想像する。どうしても態度なりに出てしまうものだ。生死のやりとりになれていない者なら、なおさらだ。

 あの時のエリザベスにはそんな様子はなかった。王子達を微笑ましく見つめ、場の雰囲気からクラークにさえ拒絶を示さなかった。

 襲撃前後の言動もごく自然で――あれが演技なら、自分はきっと殺されるまで気づけないだろう。クラークは、くっと証拠の矢を握りしめていた。


「そなたがそう言うなら」


 国王は話を切り上げた。

 カデルの側室の容体が回復し次第、出立することを確認する。


「ところでクラーク」

「はい」

「明日遠乗りをしたい。手配してはくれぬか」


 思いもよらぬことを問われて、クラークは目をまたたかせる。あまりこの国王陛下は突発的に行動するほうではない。特に遠乗りなどの外出については、かなり前から希望を出されるのが常なのに明日とは急な。

 クラークの表情に思いを読み取ったのだろう、国王は穏やかに微笑みながら脚を組み替えた。


「カデルの重鎮であった者の領地だ。馬車越しにではなく見てみたいと思ってな」

「承知いたしました。今夜のうちに警備の変更をいたします」

「お忍びだから人数は最小限、通達も直前でよい。そしてレディ・エリザベスもお誘いしろ」

「陛下?」


 次々と予想を超える命令に、クラークは顔に臣下の分を超えるような疑問符を貼り付けてしまう。つい今し方エリザベスが狙われたかもしれないと話し合ったばかりなのに遠乗りにとは、これではまるで囮のようではないか。

 そんなクラークに、してやったりとばかりに国王は口元を緩ませた。

 

「今回は王子と姫は館に置いておく。私の同行は伏せておけ。これで襲撃があれば標的も確認できるだろう」

「しかし、危険です。ご再考を」

「もう決めた。クラーク、そなたもぎりぎりまではレディには接触するな」


 クラークは主が存外冒険好きで、行動派なのを思い出した。

 あと、頑固な一面があることも。翻意させるのは至難の業で、たいていはそのまま言い分を受け入れた方が上手くいくことが多い。

 頭の中で忙しく明日の護衛につける人員と、連れ出す機会を考える。

 自分の夜食と称して食料と飲み物を調達しよう。食事の間で出かけて戻れば……。

 さらなる厄介を引き受けて戻ったクラークは、自ら調理場へと足を運んで料理人を怯えさせたが職人気質をくすぐることに成功したのか、単に脅す形になったのか無事に目的の品々を手に入れた。



 ハーストの国王、レジナルドは侍従の注いだ酒を口に運びながら、おおまかに計画を立てる。標的はまず間違いないだろう。あとは黒幕と目的か。どう誘い出すかに楽しげに頭を悩ます。


「レディ・エリザベス、か」


 人の悪い笑みを浮かべて侍従に怪訝な顔をされるが、国王は意に介さない。

 

「さて熊使いのレディとお近づきになろうか。それにしてもウェンブル伯、クラーク・ベケット・ウォーレンに弱点ができるとは。父が存命ならさぞ面白がるだろうに。ああまでよそよそしいのは、意識している裏返しか」


 くくっと笑って国王は杯を干した。

 

「レディの処遇に領地の管理。熊と狼のどちらに任せるか」


 明日は遠乗りにふさわしい天気になればよい、と久しぶりに体を動かしたくてうずうずしている国王は早めに床に入った。

 







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