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この危うい関係  作者: 素子
本編
10/52

10  ぼやき

 バートはぐったりしながら詰め所に戻る。椅子に座った途端に大きな溜息が出てしまった。ここ最近上司が格段に手がかかるようになっていて、精神的負担ははかり知れない。


「どうしたんですか、お疲れですね」

「まあな」


 暢気にたずねてきたヒューに曖昧に答えてから、バートは夕食を胃に流し込んだ。国王陛下のところに伺候する親父殿に付き合わないといけないので、これ以上の酒は飲まずにいる。

 それにしても。

 王妃――元王妃のレディ・エリザベスが寛大にも流してくれたから良かったものの、あの発言はまずすぎた。

 バートにしても耳を疑い、次に口を縫い付けてしまいたかったくらいだ。面と向かって言い放たれたレディの驚きと、憤りはどれほど大きかっただろう。

 本当にできるならどこぞに穴を掘って、埋めてしまいたかった。頭を冷やす意味合いでも。おっさん黙れな意味合いでも。


「ああ、でもそれをやると冬眠か」

「バートさん?」


 ヒューがいぶかしげに見ているのに気付いて、考えを口にしていたのだと慌てて気を引き締める。

 

「何か変わったことはないか?」

「はい、側室のお一人が体調を崩されたそうで、医者が診ているそうです」

「王子のか? 姫君のか?」

「下の姫君のです。姫君も大事をとって乳母と別室で休むそうです」


 聞けばつい先ほどのことにも関わらず、クラークにも報告が行ったそうなのでバートは残りを急いで食べて詰め所を後にした。まっすぐに熊親父の部屋に急ぐ。

 そこにはさっきまでの獣じみた呻き声を上げてのたうち、憔悴する姿はきれいさっぱり消えていて、報告を受けて厳しい表情を見せる熊親父がいた。


「親父殿」

「旅の疲れかもしれないそうだが、診察を終えたら医者にこちらに来てもらう手はずだ」

「承知しました。その結果を……」

「そうだ、陛下に報告せねば」


 ここに足止めになるかもしれん、とクラークが呟いた。

 足止めになると、と頭の中で計算する。逗留する日数が延びるほど侯爵家には負担になる。国王に側室親子達、レディ・エリザベス、それに付き従う者と護衛達、馬の糧食もだ。今でも近在から手伝いの者を雇っているようなのに、それが更に延びるとなると。


「レディ・エリザベスにも報告の必要がありますね」


 果たして熊親父は少しだけ嫌そうな顔になった。バートだから『少しだけ』と感じるのであり、現に報告に来ていた護衛などは『とてつもなく機嫌が悪そうだ』と変換して、落ち着きをなくしている。

 バートははああ、とまた内心で溜息をつく。

 本当に穴を掘ってやろうか。


「私が報告に参りましょうか?」


 手振りで報告の護衛を下がらせてバートは提案する。

 果たして熊親父の顔には数瞬、さまざまな葛藤が浮かんだように思えた。


 ――顔は見たい、だがあんなことがあったばかりだ、顔を合わせられない。でも会いたい。声を聞きたい。それから、それから……。

 ――これは任務上で必要なのだ。だから堂々と行けばいい。だが――。


 結局医者が数日の安静を要するとの結論を伝えに来て、それを報告することになった。

 夕食時でもあるし訪問するには適当な時間ではないので、レディ・エリザベスの方には手紙の形で。国王陛下にはクラークが直接。

 さすがに顔を合わせないと決めた後の熊親父の仕事は早かった。備え付けの便箋に用件を記して封筒に入れた。


「これを、頼む」

「承知しました」


 国王陛下をお待たせするわけにはいかない。クラークは陛下のところに向かう。

 バートはレディの部屋を訪れ、侍女に手紙を渡す。しばらくしてから承諾した旨の返書と思しき封筒を受け取る。女性らしい書体のそれを持って、夜の廊下を陛下の部屋――宰相の部屋へと足を運んだ。

 副官ということですんなり中に通される。

 くつろいだ様子の国王陛下と、真面目な表情のクラークを見て取る。


「レディからの返書を預かってまいりました」


 クラークが受け取り、国王へと渡す。

 感情を浮かべずに目を通した国王がクラークへとよこした。


「少々滞在が長引いてもどうということはないらしい。確かに女性には疲れが出てもおかしくない頃だろう、ここらでゆっくりしようか」

「は」


 短く首肯したクラークは、国王からの言葉に頭を下げたままの姿勢で固まった。


「レディに頼んで子供達を連れ出してもらってはどうだ? 彼女ならこの辺りに詳しいだろう。子供には過酷な旅路だっただろうからな」

「左様、ですね。王子はかなり退屈なさっているご様子でした」

「子供なら探検でも、乗馬でもよかろう。クラーク、お前が付いていてくれ」

「――は」


 事情を知らないとはいえ、国王はさわやかにクラークにとって無理難題を押し付けた。

 バートは、はらはらしながら成り行きを見守るしかない。

 親父殿、なぜこんなにも、こんなにも巡りあわせが悪いのか。警備の責任者として頼むと言われれば、逆らうことなどできはしない。

 

「おそれながら、今夜はもう遅いので明日の朝にでもレディにお伺いをたてようかと」

「そうだな。私も少しゆっくりしよう。なに、ハーストは逃げぬ」


 鷹揚に笑い、国王は話を締めくくった。

 クラークとバートは御前を辞して廊下を歩く。


「親父殿……」

「家令を呼び出せ。いくつか案を出してもらおう」


 それを元に明日、レディにという心積もりかと納得したバートは、廊下の曲がり角で熊親父と別れる。バートは別れ際に声をかけた。


「親父殿」


 のそりと振り返る熊親父に、祈るような思いで助言する。


「これは陛下のご命令で仕方のないことです。任務です。くれぐれも動揺しないでくださいよ」

「分かっている。もう、あんな真似はせん」


 熊親父がのしのしと廊下を歩くのを見送って、バートは呟く。


「どうだか。頼むから、ハースト騎士団長の名折れにはならんでください」


 レディの前に出た熊親父の反応に怯えを抱きつつ、使用人の部屋へと向かう。

 自分には猛獣使い、熊使いの才などないし、持つつもりもない。

 とっとと胃の痛くなるような状況からは解放されたいと、バートは切実に願う。


 熊親父とレディと子供達。考えただけで不吉な組み合わせではないか。


「嫌な予感ほどよく当たるんだよな」


 さて明日は館の探検か、遠乗りか、庭でのかくれんぼか。

 無事に明日の夕食を味わいたいと、バートはささやかに願った。






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