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Eat Book Off!!

作者: ベオ

私の名前は浅見咲子。まぁ名前は本当はどうでもいいかもしれない。なぜなら私は今回の事件で私が人生という大きなもののほんの一部でしかないということを思い知ったからだ。

いっつもどおりの帰り道。私は自分でもちょっと自分が普通じゃないのを自覚している。昔から子供のときに遊ぶとしたら飯事よりも近所の男友達と一緒にサッカーをしてたり、そうかといえば小学に入ってからは文学にのめりこんだ。それも恋愛者じゃなくて推理物。金田一少年の事件簿とか、名探偵コナンなんて、私から言わせれば推理物としてまだまだ甘い。シャーロックホームズのような入門的推理物をすっとばして私が初めて読んだのが怪盗ルパン。彼のそのすべてを見透かしたかのような行動と、それを支えるだけある彼の能力が魅力的で・・・考えてみたらあのルパン三世ともちょっとちがう。ルパンは本当にただの女ったらしだけど、アルセーヌ・ルパンには魅力的な部分が山ほどある。まぁあっちのほうは漫画だししょうがないと思うけど。

最近はちょっと忙しくなってきて本を読む機会がなくなってしまっていた。時間があれば勉強に費やさないといけないほど勉強は覚える事でいっぱいで、授業中に質問することももっぱら何を覚えるべきだったかを聞くものばかり。覚えるのは下手じゃないけど、正直この勉強は疲れる。覚えるという作業は時間を要するから、そのおかげでここ最近ろくすっぽ本を読んでない。成績が悪い人っていうのって、なんだかかわいそう。きっと覚えるという事は下手だったんだろうな。人それぞれ向いている能力ってあるのに、学校は物覚えが良いか悪いかだけで決めてしまう。でもまぁ文句を私一人が言ったってどうせ何も変わらないのはわかってる。そういうのは偉い政治家とかに任せればいいんじゃないかな。

朝はラッシュでどたばたする改札口も、下校時間にもなればけっこうすいていて、出るときはぱらぱらとした人達といっしょに私も駅からでた。改札口から出るとすぐに目の前に噴水広場があって、そこを軸にしてバスがぐるぐるまわってくる。いつも私はバスをとって家に帰るんだけど、たまに一つミスしてしまうとかなり長い間まつはめになる。出たときにはバスはすでに来ていたから、かばんをかかえて急いでバス停にむかった。今日は日差しが少しまぶしい。

パタンッっというなにかが落ちる音が耳に入った。この音は良く知っている。ハードカバーの硬い表面が、地面にスタンプのように水平に落ちる音。すぐ近くで本が落ちた音だ。ページはざっと465p。結構ある。・・・よくよく考えてみたら奇妙な特技よねこれって。

音のしたほうに向いたら、予想通りそこには本があった。真っ白な本で、表面にも背表紙にも何も書いていない。大きさはハリーポッターの本並みだ。その表面は白いカバーで覆われているというわけでもなく、その白い部分はすでに表面だったらしい。

その本を拾おうとしたが、なぜかそろりそろりとしか足がでなかった。周りには誰もいないと改めて確認したら、今度はちょっと大胆に近づいて本をとってみる。さわり心地は辞書のようなすこしざらざらとした感じ。やっぱり背表紙にも表面にも何も書いていない。

一ページ目を開いてみた。

    「・・・”eat book off”?」

    Book offって、あの古本屋のことかしら?でも、食べるだなんて。それにこの文もなんか文法がおかしいし。

    そこで珍しく私は閃いた。

    アナグラムというものがある。アナグラムとは言葉遊びの一つで、綴りを並び替えることで本来の言葉とは違う意味にするのである。そして読者がそれに気づいておおとかって感心すると作者が喜ぶってのを聞いたことがあるけど、けっきょくそれって作者の自己満足なのだ。

    そんなことに気をとらわれていると、圧縮された空気が一瞬抜ける音が聞こえた。慌てて顔を上げればサーッと空気を巻いて目の前をバスが通り過ぎていく。バス停を見ればもうだれもいない。完全に乗り遅れたのだ。

    しばし呆然としたけど、その本を抱えたままバス停にある椅子に座ることにした。ざっと30分。次のバスが来るまでにかかる時間だ。今このあたりは見る限りすいているけど、今の時間は帰宅ラッシュで実際は少しだけ込んでいる。だから40分くらいになるかもしれない。でも、とりあえずこの30分、時間が退屈に過ぎることだけはなさそうだ。Eat book off,    意訳すれば、本を咀嚼せよ。じっくりと読め。ひさびさの読書時間だ。


    十分後、私は叫びたくなった、なんなのよこの本は!

    一ページ目を開いた時点で、すでにどこかのストーリーの続編のようになっていた。それは許せる。ひょっとしたらこの本は二巻目なのかもしれない。でも2ページを過ぎた時点ですでに一つのストーリーが終わっており、次の話に移っている。主人公もそこで変わり、3ページも過ぎればまたあらたな主人公に代わっていた。めんどくさいのは、新章と題したかのようにわざわざ主人公の名前がすべてにつけられているのだ。花田美佐雄、山口花子、佐山正二、どれもこれもあんまり冴えないし、微妙に特徴があるんだけど、二秒後には忘れ去られてしまうような名前だ。

    イベントも冴えない。どこにでもあるような二流のイベントを一つ一つの主人公は経験しているけど、どれもこれもハッピーエンド円満円満。バッドエンドがみたいんじゃないけど、ショートケーキを食べ過ぎると甘ったるすぎて食べたくなくなるのと同じ。

    人物描写や心理描写は恐ろしいほどに的確である。普段経験している単純なことを比喩にして使われているのだが、そのあまりの身近さにその一人一人の人物の感情がすべて私の中で浮き上がってくるのだ。泉のように湧き上がるというが、その的確さを感じると、まさにピンポイントに水中に仕掛けられた機雷がぶつかって、爆発しているという感じだ。でもそのせっかくの表現の的確さも、そのストーリーのあまりの平凡さのために腐らされてしまっている。しかも書き方も今時珍しい固ゆでの卵。塩味がほしいハードボイルド。

    どうせこれがいつまでも続くのなら、中間あたりをよんでみようかしら。ひょっとしたらどこかで少しは面白いのが出てくるかもしれない。そう思って本をいったん閉じ、重ねられたページの束につめを立てて裂けるチーズよろしく開いた。

    ・・・結局特に最初と変わりが無い。時代が現代に移ったというだけで、相変わらずのハードボイルドな平凡さ。固ゆでの卵は何もつけずに食べるとすぐに飽きてしまう。スパイスがほしい。塩がほしい。とにかく何か、変化がほしい。自分でどのように変えたらこの本はもっと良くなるかとかがわかるときってものすごくむずがゆい。本は目の前にあるのに、何もこの手で変えられないのだから。

    「・・・あれ」

    久々の本に期待していただけに、あっさり裏切られたのであとはもうぱらぱらとめくって最後のページまで行ってパタンッ、ってなる運命だった本の中に、一瞬目を引く何かを感じて私の手は止まった。慌てて本をめくり返して、指でなぞる。一ページ、二ページ、三・・・あった・・・。

    そこにあったのは私の友達の名前だった。日付は三日前という設定でそのストーリーは始まった。

    「『彼女は鼓動さえなくしたかのように動かない手で携帯を握っていた。心の中がその彼の言葉で芯を抜かれてしまい、体は生きる理由をなくしていたようだ。『なんで・・・私達、常に明日も一緒に笑おうって誓ったじゃない』彼女もその言葉がすべてをやり直せる魔法になりえるだなんて思っていなかった。世界は彼女の周りでいまだ動いたが、今の彼女には目の前の信号が青だということなんて一瞬も気づいていなかった。』・・・」

    ・・・なんだかこの本、気持ち悪い。私の友達は確かに三日前に彼氏と別れていて、机に突っ伏して泣いていたのをみんなで励まそうとしていたのを覚えている。でも、なんでそんなのがこの本に書かれてるのよ・・・それも印刷された活字体で・・・。

    少し飛ばして読んでみる。日付を今日にして、だれか身近な人の運命を見てみる。

    「『彼女はその本を手に取った。真っ白な本のカバーには何もかかれておらず、それが彼女の好奇心をそそる。タイトルの無い本なんてはじめて読むなどとうかれながら、彼女はバス停のベンチに腰を下ろした。しかしそれを読むにつれて彼女は・・・』」

バタンと本を閉じる。まぎれもない。今のは・・・。

    「君。まさか・・・」

    「え」

    あまりの衝撃に人が近づいていたことにきづかなかったらしい。声のしたほうに振り向くと、男の人が立っていた。

    身長180代。痩せ身で鍛え上げられた雰囲気のある体。顔は日本人とアメリカ系のハーフのような雰囲気。クラスの友達なら叫び声を上げてしまう程の大人びた美形だ。服装は黒い宣教師のようなイメージで、ちょっとコスプレでもしているのかと疑ってしまうほんのりとした現実離れ。

    「その本読んだのか?」

    「あ、えっと」

    「読んだのかっ!」

    唐突に叫ばれて一瞬身をすくめてしまった。誰もいないとはいえ、街中で赤の他人に唐突に叫ばれるなんてめったにないことだとおもう。

    「ご、ごめんなさい。ちょっと前にそこに落ちていたのを拾ってついつい読んじゃって。」

    「なんということだ・・・。」

    さらに起こるかと思えば、彼はむしろ落胆、絶望の表情をしてそのまま落ちるようにベンチに座った。状況が飲み込めない。

    「・・・さっきとは、一体いつだ。」

    そういわれて腕時計を見てみる。秒針の無い私の時計は、3:50分を指していた。

「え、えっと二十分くらい前だったとー」

「貴様、二十分でその本の半分も読んだというのかっ!?」

「え、いえ、そうじゃなくて、はじめのページを少しと、一気に飛ばして中間で少し」

「中間。それは何ページ目だ?」

「たしか、256p」

「・・・なんということだ・・・ちょうど今年じゃないか・・・」

会話がさっぱり繋がりを見せないでいた。私から話を聞けば聞くほど絶望していく人が真隣にいる。私の言ってる事が何かが悪いらしいんだけど、自分の何がいけないのかがさっぱりわからに気分っての、経験したことある?

「おのれ、貴様、他人のものを拾ってもすぐに交番に届けよと小学生の頃に学ばなかったのか。」

「あ、す、すみません。その、私本が大好きだったもので、その発想よりも先に読みたいと思ってしまって・・・」

ものすごく恥ずかしい謝罪をしていると私も思っていた。欲望がでたから犯罪を犯しただなんて、なんて節操の無い響きだろう。リンゴがおいしそうだったから食べちゃいけないといわれたのに食べてしまったイブはその罪だけで楽園を永久に追放されてしまったのだから、私の犯した罪は私が思っている以上に大きいのだろうか。

「・・・256p、全部読んでしまったのか?」

「えっと、最後の二行目くらいまでだったと・・・」

「・・・」

絶句。そしてそのまま目をつぶって天を仰ぐ彼。神よなどとつぶやいているが、いまだに私にはなにがなんだかさっぱり繋がっていない。

「あの、私がなにかやったのでしょうか」

「ああやった。やってしまった。無知故の事故などと簡単に許せる罪ではないっ!」

またも叫ぶ。周りに誰もいないのが救いだ。風も無く鳥の鳴き声も彼の声に驚いたのか今はやんでしまっている。

「貴様、この本がなんなのかわかっているのか?」

「・・・えっと・・・」

さっき自分の友達が経験したのとまったく同じような描写が書かれたページを思い出して、ひょっとしたらたしかにこの本はただの本じゃないのかもしれないと思った。さっき解いたアナグラムもあいまって、予想が確信に変わるちょうど狭間にわたしはいることを悟った。

「Eat Book Off、ですよね」

「そうだ。そしてわかっているだろうな。」

「アナグラム、ですよね」

「それをわかっていながら読んだというのか?」

「え、」

「これが運命の本だとわかっていながら読んだというのかっ!?」

Eat Book Off。並び替えれば Book of Fate。運命の書。予想を運んだ思考回路という名の飛行機が加速しきり、ついに確信にかわって離陸したようなふわっとした達成感、を感じていられる時でないのが残念だ。久々に推理が正しかった瞬間だったのに。

「運命の本、ってその、本当にその中に運命がかかれているんですか?」

「質問に質問で返すなぁあ!!今は私が聞いてる番だっ!」

「はい、読みました・・・」

とはいったって、まぁそこそこいいアナグラムだなとおもっただけで、それが本当に運命の書、っていうか、運命を書いている本だとしても、私は結局読んでいたと思う。スパイスの無さにはうんざりしたけど、本当に運命がかかれているなんて、なんて魅力的な響きなんだろう。 

「おまえには罪悪感というものが無いのか?他人の本を拾ってどこかに届けるとか誰のものか探すでもなく読むとは。貴様はかばんを拾えばその中をじっくりあさるのか?」

「それとこれとは物が違うじゃないですか。かばんだったら絶対にやりません!・・・本は・・・ちょっと自信が無いんですけど・・・」

「同じことだ。針を盗むものよくよく金を盗むという諺通りだ。」

「・・・あなたいったい何者何ですか?」

ここでようやく私が質問できる隙が生まれた。長かったというため息を自然とつきながら彼の顔を見てみる。こんな状況じゃなければ、確かにかっこいい人なんだけど・・・。

「Sir.Destinyと呼べ。」

・・・ちょっとこう、キマッている人なのかなこの人。


彼はなんというかものすごく濃かった。しゃべり方、身なり、印象。どれもこれも物凄く濃い。話し方はどっかの漫画のなかから出てきた感じがするし、赤の他人に対してこうも見下した話し方をできる人ってのも少ない。そしてとどめの名前がSir Destiny. デスティニー卿って、どれだけ漫画の世界なのよ。名前のインパクトで言えばあの本の中に出てきた名前よりははるかに覚えてもらえる名前だろうけど・・・。

「気づいたかどうかは知らないが、お前の犯した罪を言おう。」

相変わらず目をつぶったまま天を仰いだ体制で彼は言った。

「お前の犯した罪は運命の書を読んだこと。この運命の書にはさまざまな人が人生に数回経験する「避けられない運命」が記されている。これは本来だれかに読まれるべき物ではないため、私が保管していた。」

「でも、あなた落としたじゃないですか。」

「私は絶対神ではない。彼には何者も優れることのできないという定めが付いているが、私は二流の神だ。ミスも犯す。」

「・・・へ、あなた今自分のこと神って言った?」

「・・・そうだが?」

まるで私がおかしなことを聞いたかのように彼は応えた。

彼の言うことはちょっと長ったらしかったので要約すると、要するに私はその誰も読んじゃいけないという本を読んでしまった事が罪らしく、今から裁きが下るらしい。って、え、裁き?

「人間には、人生に数回避けられない運命が用意されており、人間はその運命の中で選択することができる。昔は我が曽祖父が一人一人の数回の避けられない運命を定めていたが、そのあまりの労力を絶対神は省みて私たちのために運命の書をたくしてくださった。それは自動で一人一人の運命を定める優れたもので、絶対神の作ったものゆえにどの定めも平等に作られている。私たちはそれからこの本を保管する役目を次の代から担うようになった。のだ。」

「いや、でもなんで私が読んだら裁かれるのよ」

「この本は重大なものであるため、保管するものを試す機能が付いている。それは運命の書を保管するものをその本自身が試練を下すのだ。我が曽祖父はその豊富な経験で難なく試練を合格したが、私はこの本を保管するにあたってさまざまな訓練をつんで初めて触れることを許可され、そして運命の書の試練に合格した。」

「・・・えっとようするに?」

「この本に触れたものは試練を受ける。それもこの本を開くことが許可されるのに必要なだけの重大にして危険な試練だ!」

「・・・私が、受けるの?その試練を?」

    「ああ、そうだ。ほんの数ページを読んだだけならあるいは試練を本が下さないでいたかもしれないが、お前はかなり読んでいる。読みすぎている!もう試練は免れない!」

なかなか話が見えなかったが、ようするに私はその本を開いたことにより試練を受けることになったらしい。それも重大で、危険な・・・。

でもそこで私はちょっとしたひっかかりを感じていた。確かに私は本を読んだ。そしてそれは運命の書だから罰せられても仕方が無いかもしれないけど。けど・・・。

「でも、本落としたのって、あなたじゃないですか?」

「読んだのは貴様だ。私の失敗ではない。そしてSir.Destinyと呼べ。」

「いや、でも、そんな落ちている本を読むのがそんなことになるなんて誰もそこまで大きな罪だとは思いませんよ。」

「ほう?」

ぎろりと、黒い光を持つ眼がはじめてまっすぐ私の目をにらんだ。

「ならばきさまはついうっかり人を殺しても罪ではないと言い切れるのか?」

「それとこれとでは話がー」

「同じだ。知らずといってもおまえは大罪を犯しているのだ!そして試練は始まる。いますぐにも!!!」

とびきり大きく彼は叫んだ。人差し指を天に向けて。むなしく声は消える。とにかく周りが静かだ。

「・・・で、その試練って何なんです?早くしないとバスが来ちゃうんですけど」

そこまで言ってようやく何かがおかしいことに気付いた。

私はこの男と話し始めて結構たっているはずなのだ。なのにバスはいっこうにくる気配が無い。時計を見ると3:50分、先ほど男と会った時間から・・・動いて・・・いない?

あらためて周りを見てみた。赤信号はさきほどから永遠と赤のまま。風の動きも無く、まるで誰もいないホールのなかにいるような静けさだ。はっとうしろの改札口を見る。ホームにも、買券機のまわりにも人はおらず、周りを見てみれば彼を除いて誰一人として人がいない。認識を私は改めるべきらしい。この本は、本当にまずい。

「まずいな・・・どうやら試練はすでに始まっていたようだ。」

重大で、危険な試練。「危険」・・・。

「この試練って・・・どれくらい危険なの?」

身長が低いがゆえに自然と見上げて聞かなければならない私を、身長が高いことを差し置いても見下したような目で彼は私をにらんだ。

「命がけだ」


チッチッチと、私の周りで音がしたのに気付いた。それに彼も気付いたようで、目を合わせると静かに彼は頷いた。

ベンチの下から音がする。恐る恐る覗いてみて、音の元が目に入る。そこには不吉な黒い箱があった。

時限爆弾。映画の中ではよくあるシーンだ。主人公がその爆弾をみつけておそるおそるあければなかにはいくつかの色に分かれたワイヤーがある。主人公は電話などで順番を聞きながら解除を進めるけど、途中で電話は途切れてしまう。そこで主人公は運命を天に託してワイヤーを切るのだ。そして静寂の後主人公は生きてることを確認する・・・。あくまで小説や映画の中のストーリーだ。

その黒い箱は鉄でできていて、おそるおそる引っ張り出すと意外と重い。ようやくとりだすと、実はそれがチョコレートの缶だということに気付いた。ブラックジョークだ。運命はチョコレート箱のよう。何が中に入っているかはわからないって言うのは、フォレストガンプ、一期一会の名台詞だけど、それをなぞったというのだろうか。ただこの場合は違っていた。チョコレートの箱を開ければ中には爆弾が入っている。予想通りにきっと・・・。

「どうした?あけないのか?」

「・・・そのさ、もしこの箱が空けたら爆発するっていうタイプだったらどうしようとかおもってさ・・・。」

「それもまた運命だろうな。」

「なんなのよこの試練は!私に爆弾解除の技術なんてあるわけないじゃない!」

「我が試練を受ける前には、さまざまな知識を長い年月をかけて叩き込まれたのだ。幸い寿命は長いから時間はあったが、私が受けた試練はもっと厳しいぞ?その本に触れたと単に私は何ももたずにどこかもわからない雪山にほうりだされて隣には血に飢えた熊がいたのだ。」

「・・・!あんたの過去なんて今なんの助けにもなってないわよ」

「当然だ。我はお前を助けることなんてできないし、助ける気もさらさら無い。その自分の犯した罪に嘆くんだな。・・・おや・・・」

ふと彼の目が回りに向いた。私も周りを見ると、異変を見つけることができた。白の世界が侵食してきている。真っ白に周りをまっしろにしてゆっくりと私の周りに迫ってきている。ビルが飲み込まれた。噴水が飲み込まれた。その光景はまるで月の影がじょじょに浸透しているのを眺めているようで、本当にその月が、文字通り欠けていっているようだった。

ついに私の足元まで来た、と思い目をつぶる。ほんの一瞬白い光を感じて、おそるおそる目を開けると、私が座っていたベンチ、その上を覆うバス停の屋根、そしてバス停の標識以外をのこして、全てが白くなっていた。

「・・・あんたがあの本落としたから私が拾っちゃったんでしょうが!もっと大事に保管しなさいよブックキーパーなら!」

「なに、いい天気でやることもないから散歩に出てたまたま落としてしまったのだ。」

純粋無垢無罪をきどったかのように彼は言った。この男、本当にむかつく。自分が落としておいて私が読んだことそれが全ての原罪のように話をすすめるけど、本当の罪は彼にあるはずなのだ。

「さぁどうする、私なら心配しなくていい。たとえお前が死ぬことになっても私に傷がつくことは一切無い。それが試練のルールの一つだ。」

「・・・そうね、あなたを私がほんの一瞬一ミクロンでも気にかけていればどれだけ安心できる言葉だったことか。第一あなた神なんでしょう?あなたの試練は命がけに聞こえるけど、神だったら熊くらい簡単に殺せるんじゃないの?」

「私は二流さ。人間界にいるときともなれば私の体の条件も人間のそれに合わせなければ世界がみとめてくれんのだよ」

 冗談を言っていられるほど状況は簡単でもないことはわかっていた。とにかく今はこの箱をあけて見ない限りはなんともいえない。チッチッチと音はまだしている。心なしか音が大きくなってきている気がするのだ。

 パカンという音とともに缶を開けると、なかにはよくわからない配列のワイヤーを四角い缶の底に大量に、鳥の巣のようにはった爆弾が見えた。デジタル式の時刻をつげる時計の、時刻を表記する場所のみを切り取った板が、赤い3:00という数字からからだんだん数を減らしている。そしてその隣には黒い箱にみるかぎり20種類はあろうという数の色の違うワイヤーがはられているのが見えた。 

「ふむ。この爆弾、直径4キロをふきとばせるな。」

男が箱の中を覗いて行った。4キロって、ようするに4000m、私は体育系じゃないから走りに自身は無いけど、100mがたしか17秒だったはず。17かける40、いや直径だから20は・・・340秒。2000mをばてずに走りきれたとしても、かかる時間が340秒。3分を完全に超えている。そしていまや残された時間は2:20秒になっている。

「どのワイヤーを切ればいいのよ!あなたさまざまな訓練をつんでいるんでしょ?ぱっとみてこの爆弾が4キロを吹き飛ばせるってわかってるなら、どれを切ればいいかもわかるんじゃないの!?」

「さてな、これはお前の試練だ、我が試練ではない。それよりもどうやってワイヤーを切ればいいのかをおまえは考えるべきだ。ワイヤーは割と頑丈だぞ?ペンチがあればいいが素手で切るにはおまえの体はか弱すぎる」

そういわれて急いでかばんの中をあさってみる。赤い横長の筆箱のチャックをひらいて中から、私の指の人差し指第二関節程度の大きさのはさみを取り出した。ワイヤーを切る分にはなんとかなりそうだが、その小ささにあらためて不安になる。

2:00をついに切った。切るものがあるとはいえ、この何十種類というワイヤーの中から一本だけを選ぶだなんて無茶にも程がある。いや、ひょっとしたらこの爆弾はワイヤーを切って止まるような仕掛けですらないかもしれない。

時限爆弾なんてものは確かにはじめてみたけど、なぜか本能的にこれを切らなければ本当に自分は死ぬという直感があった。周りの尋常じゃない事態も、この時限爆弾が事実であるという錯覚をなぜかリアルにさせる。白い世界の中で、私は缶の中の爆弾を見つめて途方にくれているという事実。手にはまだ血が流れている事実。鼓動、息、空気、すべてをリアルに感じる中で、この爆弾だけが事実じゃないというふうには思えない。だから余計に私は解除しなければいけないと思っていた。1:30を切った。

「・・・!そうだ、あんた、じゃなくてDestiny! 運命の書を貸して!」

「略すならせめてSirにしろ。・・・ほらこれだ。まぁ無駄だとは思うが。」

私はすぐに自分の運命が書かれている本のページを開いた。ページ数ははっきりと覚えている。305ページ、私のマンションの部屋番号と同じなのだ。

「えっと・・・『彼女は本を手に取り、次の自分の行動を読もうとしていた。しかしその本にはその定めの結末がかかれて』・・・いない・・・。」

1:00を時間が切る。

「無駄だったようだな。まぁ当然だ。確かにこれだけの大事が避けられない運命に入っていないのであればおかしいが、もともとこの本は人間の結末を定めていない。あくまで選択を与えるのだ。」

52秒

彼の言葉はいまや何一つ頭の中に入らなかった。なんで私がこんな目にあうの?泣きたい気持ちでもなく、悲しくも無い。怒っているのでもないのは、少し不思議だった。ただなんとなく、今は疑問に思っていた。なんで私がこんな目にあうの?なんで、私は、この目にあう必要があるの?運命って、何?なんで人間には避けられない運命があるの?30秒

そしてようやく私は気づいた。考えてみればこれは簡単な答えだ。

「もちなさい。Sir Destiny!」

「何?」

「いいから持って!」

無理やり彼の腕に黒い箱を抱えさせる。小さなはさみに祈りを託して缶の中のワイヤーを適当に選んだ。どうせ切るなら運命に一番近い色がいい。私が選んだ色は、赤。

「本気か?」

「もう迷わない」

指に力を入れる。思った以上にワイヤーは硬い。皮の部分は切れたけど、まだ芯までは切れていない。20秒

切れろ、切れろ、切れろ!芯の銅線が少しずつ削れるのを頭でイメージしながら切る。ほんの少し、少しずつはさみの開いている幅が狭まるのを指で感じる。10秒 9、8、7、6、5、4、3、2、1・・・・


1と、0の狭間で、時計は止まった。まさに変化する瞬間。でも私は思ったよりは安堵しているわけでもなく、むしろ当然という気持ちと、推理が当たったときのあの達成感を感じていた。

「・・・勘でどれがただしいワイヤーかに気づいたのか?」

「いいえ、私は考えたのよ。」

彼は言っていた。私が死んでも彼を巻き込むことは無い。彼の情報が正しければ、この半径5キロの爆弾は彼を確実に巻き込んでいる。それにもかかわらず私が間違えて爆発させてしまったら確かに彼は死んでいただろう。しかしそれだけは試練のルールに反する。

「たしかに、そうだな。だが必ずやそうとも限らないだろう?何がおまえのその答えを確信に変えたのだ。」

「この、運命の試練という存在の理由に気づいたからよ。」

試練とは、人を試すもの。試練を乗り越えて人間は成長するけど、試練は超えられないほど危険では成長できない。私が読んだなかで超えられないほど危険な運命を背負った人は確かに何人もいたけど、すくなくとも過去の人物たちは全員成功している。それくらいに平凡なストーリーをみんなが経験していたんだけど、なるほど当の本人にしてみればこれほど勇気を必要とするものはないんだなって気づいた。

「どう?私は試練に合格したでしょ?」

「ふん・・・。そうだな。」

私が地面に置いていた運命の書を彼は立ち上がって拾った。その本が置かれていた場所に色がよみがえる。アスファルトのグレイ。そしてそこから徐々に水の波紋のように色が広がっていく。

「さらばだ。おまえは確かに試練に合格したが、まぁ結局はそれだけのことだ。おまえは今からまた平凡な世界に戻るだろう。」

「ええ、平和であくびがでる世界のほうが私にはにあってるわよ」

時計を見ると3:51分になっていた。ふたたび顔を上げると、もう彼はそこにはいない。風があった。誰もいない広場、夕日が傾きかけている。この世界はあたたかく命がある。

私はこんな体験をしたけれど、それも運命の書に書かれていたとおりだった。その天では、過去の人が経験したのと同じようなことを、私も経験したに過ぎない。私の名前も本の中の名前と比べて負けず劣らず平凡だ。だから、誰かにこの経験を言うつもりもない。私が試練に合格したのは、まぁちょっとほこらしいけど、他のいろんな人が体験している。それと同時に彼らもいろんな危険をせおって、それを乗り越えて成長している。彼らは私とは違うんだけど、ある意味では一緒。一で全、全で一っていうか、なんというのかな・・・上手く言葉で表現できないや。


「『そして彼女は4時ピッタリに来たバスに乗った。時間通りに来たことを幸運に思いながら、階段を上る。さっきの経験は夢でも事実でも、今や彼女の心をそれほど揺り動かすものではなくなっていた。 浅見咲子の章 終』・・・浅見咲子、お前の名前は、覚えておこう。人間にして神に関係し、それでいて運命を支配した人間よ。・・・神はそれだから人間にあこがれる。不完全でありながら美を持ち、避けられない危機に面しても力強く進めるそのたくましさは、神には無い。危機、運命は神のものではなく人間のもの。だがそれらは少しずつ人間を成長させている。避けられない運命の中で人間はよりよい選択、行動をとろうとする。ならば運命とは、成長につながる試練だ。」


初めて女を語り手にして書いた小説です。

でも正直女の気持ちってわかりにくいです。

少しジョジョっぽいのは運命がテーマだからでしょうか?w

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