違うつながり
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エンチェルクの心は、休まらなかった。
ただでさえ、ウメの肖像画でうちひしがれていたというのに、テイタッドレック卿の息子が、この屋敷にいま滞在しているというのだ。
モモの弟なる男が。
イエンタラスー夫人が、テルの一行の中にモモがいると勘違いしたように──北の領主も勘違いしたのか。
距離的には、馬の単騎駆けで一日かからない距離である。
飛脚などの早めの情報で、彼らがそろそろ到着すると察知して駆けつけたのかもしれない。
だとしたら。
きっと彼は、モモを見に来たのだ。
父親に頼まれたのか、本人の意思か。
だが。
彼にしてみれば、モモの存在は複雑なのではないだろうか。
自分の母親ではない、平民の女から生まれた娘。
もしかしたら、モモにひどい言葉を投げに来たのかも。
そんな風に、エンチェルクが一人悶々と部屋の中で思い悩んでいた時。
ノッカーが鳴った。
「エ……エンチェルク?」
扉を開けたのは。
この家の使用人の女だった。
あっと、顔を見た。
自分の名を呼ぶ、彼女の顔を見た。
この家で、それなりに言葉を交わしていた使用人仲間だ。
エンチェルクは、そんなに長くここにはいなかったが、それでも年が近かったのでいろいろ話をすることもあったのだ。
「もう生きて会うことはないと思っていたわ……ああ、なつかしい」
彼女は、本当に嬉しそうに語りかけてくる。
晩餐にも出られる身分ではなく。
直接テイタッドレック家の子息について、話を聞くことが出来るわけでもない。
だが、エンチェルクには、使用人というつながりがあった。
よそには決してもらせない話を、たくさん抱えている秘密の袋。
それが、使用人なのだ。
エンチェルクは、北の領主の子息について、たっぷりと話を聞き出そうとした。
それなのに。
この家の子息の悪口の方を──たんまり聞かされてしまったのだった。




