どっち
∞
「コー……」
桃は、目の前にコーを座らせてお説教をしていた。
勿論、正座で、だ。
だが、桃は自分も同じ態勢でぴくりとも動かないまま、彼女に話し続けていた。
足の痛さにもじもじしながら、コーは話を聞いている。
そんな姿を見ていると、母にいつもお説教されていた自分を思い出す。
母も、自分に対してこんな心配な気持ちだったのだろうか。
父に会いたいと、桃はずっと願っていた。
貴族であり領主でもある父に会った時に、傷ついたり恥をかいたりしないよう、母もきっと懸命だったのだろう。
そんな説教の最中。
ノッカーが鳴った。
「誰か来た!」
「コー」
コーが、いち早く反応するが、桃が軽く睨むとまた小さくなる。
ハレだった。
「たっぷり、モモにしぼられてるようだね」
床に正座して向かい合う二人の姿を見て、彼は苦笑している。
既に、事情は呑み込んでいるようだ。
動けるようになったホックスが、報告したのだろう。
「ハレイルーシュリクス……」
コーが、助けを求める目を彼に向けた。
「コー……コーは、とても強いんだよ」
ハレは、正座をする彼女の前に膝をついた。
そして、穏やかな瞳のまま、こう言うのだ。
「たくさんの人の、命を奪えるほど強い」
どきっとする言葉を、ハレは何のためらいもなく口にした。
テルがやったであろう、あの市場での噂を思い出したのだ。
コーは、彼の言葉を吸い寄せられるように聞き入っている。
魔法というものの心得を、ハレは骨の髄から叩きこまれているに違いない。
「だから、コーはたくさんの人を愛さなければいけないんだよ……たくさんたくさん愛したら、命を奪うより優しくしたいと思うからね」
ゆっくりと語りかけられる音に──コーは、こくりと頷いた。
よしよし。
コーよりも小さい子供の姿をした男は、優しく彼女の頭をなでてあげた。
桃は、ほっとしたのだ。
魔法のことで、コーを理解できる人がいてくれて、本当によかった、と。
※
「ハレイルーシュリクス、すごいね」
しびれた足をなでながら、コーがそう言った。
ハレは、既に女部屋を出て行って、ここにはいない。
「すごい?」
桃は、聞き返した。
すごくないと思っているわけではない。
桃だって、この旅路でハレのすごさを見てきたのだ。
それについては、同意なのだが。
ただ。
コーが、どんな風にハレを見ていて、何をすごいと思ったのか、それを聞きたかった。
相手に話を引きださせる時の、言葉の使い方。
それと理解して使っているわけではないが、母の話術は桃にも未熟ながらに受け継がれているのだ。
「うん、すごい……ハレイルーシュリクス、おっきいよ」
コーは、嬉しそうに言う。
ハレが大きいのが、何が嬉しいのだろう。
「そっかなあ、私には小さく見えるけどな」
桃は、わざと自分より小さい背を教えるように、自分の胸のあたりに手の側面を当てた。
身長、このくらいだよね、と。
すると、コーがぷぅっとふくれた。
「ハレイルーシュリクスは、おっきいの。小さくてもおっきいの」
一生懸命伝えようとするその姿は、とても可愛らしい。
見た目と裏腹の、まだ幼い自我。
一昨日よりも昨日、昨日よりも今日。
その自我は、物凄い勢いで育っている。
長い間止まっていたコーの時間が、早回しで年齢に追いつこうとしているのだ。
「コーね……ハレイルーシュリクス、大好き」
にっこりー。
その余りの満面の笑みに、桃はちょっと意地悪な質問をしてみようと思ってしまった。
「私とどっちが好き?」
その瞬間の、コーの顔と言ったら。
想像もしていないことを聞かれた衝撃から、なかなか抜けられないようだった。
ええと、ええとと、一生懸命考えた後。
「お、おんなじくらい……」
コーは、はにかみながら答えた。
それは、昨日まで持っていなかった──彼女の新しい表情だった。