オリフレア
∠
「遅かったわね」
部屋に戻ったテルは、そのまま回れ右をしたくなった。
部屋に、勝手に入っている馬鹿娘がいたからだ。
「何を、しに来た」
テルは、つとめてつっけんどんに言い放った。
10歳ほどの姿は、自分と同じ。
長い髪を編んで、巻きつけているのも自分と同じ。
どう見ても、イデアメリトスの人間だった。
血縁関係で言えば、父の従妹になる。
隣領に住む、同じ年の娘だ。
名を、オリフレアリックシズという。
「旅立ちの儀式の、手続きに来たのよ」
彼女もまた、成人の儀式の旅に出ようと考えているのだ。
来年。
三人もの、イデアメリトスが旅立つことになるのだろう。
テルよりも、もっと濃い褐色の肌を持つオリフレアは、子供の見た目とは裏腹に猛禽類のようだった。
そこが、彼の苦手なところだ。
「ところで……どっちが太陽になるの?」
そう。
彼女が知りたいのは、それ。
昔から、顔を合わせる度に、そう聞いてくるのだ。
何故かと聞いたことがある。
そしたら、オリフレアはこう言ったのだ。
『どうせ嫁ぐなら、太陽に嫁いだ方がいいでしょ』
母が異例だっただけで、イデアメリトスの世継ぎは、ほぼ間違いなく血縁から結婚相手を選ぶ。
その伴侶の地位を、彼女はいまから虎視眈々と狙っているのだ。
エンチェルクやモモ、キクにウメに母。
こんな穏やかな女性陣に囲まれ慣れたテルにとっては、オリフレアのガツガツした感じはとても苦手だった。
乳母を、思い出すのだ。
彼女は、母を好きではなかったようで。
とにかく、母に会わせまい、母のところに行かせまいと、浅はかな画策を巡らせたのだ。
余りにそれが目に余るため、宮殿から下がらされたという経緯があった。
ハレの乳母は、いまだ事あるごとに訪ねて来ているようだが。
それからだろう。
テルが、何でも一人で出来るように手を出し始めたのは。
※
「ハレだろ」
オリフレアの話に、長々と付き合う気のないテルは、さっさと言い放つことにした。
次の太陽になる人間の名前、だ。
テルは、何でも自分で出来るように手を出した。
だが、その分ひとつひとつの濃度は下がる。
ハレは、徹底的に学問や政治に集中していた。
国を治めることを考えると、ハレの方が適任だろう。
大体。
生まれた順番で言えば、向こうの方が先なのだ。
どちらも旅を成功させたなら、よほどのことがない限り兄が継ぐことになるだろう。
それが、テルの見解だった。
「あらあら」
オリフレアは、肩をそびやかす。
その金褐色の瞳で、テルを見据えるのだ。
見た目に反した、獣の目。
「昼間、ハレに聞いたら、『テルだろう』って言ってたわよ」
変な兄弟ね。
そんな彼女の言葉を、テルは不思議にも思わなかった。
ハレは、自分の旅路に自信がないのだろう。
テルの方が、生き延びる可能性が高いと思っているのだ。
だが、リリューとモモがつけば、ハレが旅をやり遂げる確率は、格段に上がるだろう。
「何で、あなたたちは、どっちも『自分こそが太陽になる』って言わないの?」
オリフレアは、それが不思議でたまらないようだ。
テルには、そっちの方がおかしい話だった。
「世の中には、面白いことがいっぱいあるからな」
剣術も、そのひとつ。
いまはまだ、背が低く、腕も短く、鍛えられることには限りがある。
早く、この髪の呪縛を解き放ち、思うまま剣を振るいたかった。
リリューのように、強く、速く。
「ばっかみたい」
オリフレアは、つまらなそうに扉に向かった。
「野望のない男なんて、お断りよ」
ツン。
勝手なことを言い放ち、彼女は部屋から出て行った。
それ以前に。
猛禽類の女なんか、お断りだ。
それが、テルの本音だった。




