表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/329

傍系

 既に、飛脚は前の町で都に向けて走らせた。


 テルは、ようやく領主のいる町に到着し、次の準備に入る。


 自分の後にここに来るであろう、ハレとオリフレアに情報を残すためだ。


 イデアメリトスの反逆者のあの女は、既に死んだかもしれない。


 だが、その反逆を一人で行った、とは言い切れないのだ。


 傍系のイデアメリトスは、すべて家系を記録されている。


 あの女の身内も、反逆に加担しているのかもしれない。


 そうであれば、ハレもオリフレアも同じ危険に遭う可能性が高かった。


 領主との挨拶もそこそこに、テルは部屋を借り受け、手紙をしたため始める。


 ノッカーを鳴らして、ヤイクが入ってきたのにも、すぐには気づけなかった。


「もし、たくさんの反逆者がいた場合は……太陽御自らが出ていらっしゃるでしょうね」


 テルが何をしているのかなど、彼にはお見通しなのだろう。


 手紙の内容を見るまでもなく、ヤイクがしゃべり始めた。


「もしそうなれば……イデアメリトスの正統な血筋は、すべて都から引っ張り出されることとなりますか」


 ふぅむ。


 彼は、考え込む。


 だがそれは、考え込んでいるフリだ。


 ただ単に、テルに問題提起をしているだけ。


 分かっている。


 イデアメリトスの血そのものに、どれほどの危険が迫っているか、彼に認識させたいのだ。


 もしも、父の身に不幸なことがおこれば、この国の太陽が不在になってしまう。


 父の代で、旅を成功させたのは父のみだった。


 既に祖父は髪を切り、老いた身ながら国を放浪している。


 叔母は、もういない。


 長い髪で、自由に魔法を使える人間は、実質父だけなのだ。


 これが、どれほど危ういことか。


 もしも傍系全員が敵に回って、太陽の地位を簒奪にかかったならば、それを食い止めることは難しい。


 400年続いた太陽の国が、月のせいではなく、身内に脅かされているのである。


 太陽がさんさんと輝く世界で──日陰で生きることを余儀なくされた人間たちは、月の人間たち以外にも、確かにいたのだ。



 ※



 テルは、しばし領主宅にとどまった。


 数日遅れで、ハレがやってくると思ったのだ。


 だが。


 ハレは、来ない。


 さすがにしびれを切らし、旅立とうと思いかけた六日目。


 到着したのは──オリフレアだった。


「何で、まだここにいるの?」


 のろまな生き物を見る目で、彼女は容赦なくテルに言葉を投げつける。


「ハレに……会ったか?」


 問いには答えず、逆に問いかけた。


 オリフレアが先に到着したということは、どこかでハレを追い抜いたということだ。


「会ったわよ……それがどうかした?」


 不機嫌に輪をかけ、彼女は大上段に構える。


 とりあえず、ほっとした。


 ハレの身に、何かあったわけではないようだ。


 もしそうであれば、さすがのオリフレアも黙ってはいないだろうから。


 彼女たちは、到着したばかりだ。


 見れば、オリフレアのお付は、年齢が高めの者が多い。


 新しく雇った人間ではなく、昔から使っている者たちを連れているのだろう。


 武官役らしいフードの男には、ただならぬ気配があった。


 男のまとう光に、何かひっかかりを覚えたが、この時のテルは、それを気にしている余裕はなかった。


 もう一人の男も、文官役とは思えない。


 明らかに、戦える者だ。


 旅を成功させたところで、彼女のお付が何かの地位になることはない。


 だから、武官役二人にして、旅の成功率を上げようとしたのだろう。


 エンチェルクと余り年の変わらない女性の世話役が、彼女のマントを受け取っている。


「疲れてるところ悪いが、ちょっと話がある」


 やっと一息つける。


 そんな気持ちの彼女に、嫌な話を聞かせなければならない。


「とても大事な話だ」


 明らかに、オリフレアの機嫌が悪くなったが、テルは表情を緩めることなく彼女を見た。


 ハレとは、別の意味で。


 オリフレアには、この大事な話を聞いてもらわなければならなかった。



 ※



 ハレとは別の意味で。


 オリフレアと二人きりになった部屋で、テルは彼女を振り返った。


「そこに、手紙がある……読んでくれ」


 言葉で説明すると、おそらくオリフレアは途中で何度も口を挟んでくるだろう。


 だからテルは、書いておいた手紙を読ませることにした。


「これ、テルの書いた手紙じゃない……何でこんなまどろっこしい……」


 ぶつぶつ言いつつ彼女は紙を広げ、そして、黙り込んだ。


 表情が変わっていくのを、じっと見ていた。


 テルは、じっと、じっと見なければならなかったのだ。


 オリフレアは──傍系だった。


 母が、旅を成功させたイデアメリトスだったから、彼女にも旅の権利があっただけで。


 いや、本当ならばなかった。


 ないものを、父の力がありにしただけなのだ。


 そんな複雑な血を持つ彼女は、自分の母を憎み、そして手のつけがたい癇癪も持っている。


 要するに。


 テルは。


 オリフレアという存在を、危険視したのだ。


 普通であれば、そんな心配はしなかっただろう。


 だが、傍系の反逆者が出た今、オリフレアがそちら側に行ってしまう危険性もある。


 もし、彼女が向こう側に行けば、これから彼女との殺し合いの旅になる可能性が高いのだ。


 テルは、オリフレアを見た。


 手紙を読み終わった彼女が、顔を上げ──テルを見るその目を見た。


 青ざめてなどいない。


 それどころか、獲物を見つけた猛獣の色をたたえ始めた。


「テルの考えてることなんか、分かってるわよ」


 癇癪を持っているが、オリフレアは馬鹿ではない。


「私に……直系側にいて欲しいんでしょ?」


 主導権を握ったとばかりに、彼女は口元に笑みを浮かべる。


 ふぅと、テルはため息をついた。


「勘違いするな……」


 その主導権に、テルは片手をかけ。


「傍系側に行ったら、俺がお前を全力で倒す、と言ってるんだ」


 自分の方へと、ぐいと引き戻したのだった。



 ※



「何で……倒せると思ってるの?」


 オリフレアは、目をギラつかせながら、テルを睨む。


 奪われた主導権を、もう一度引き戻そうと思っているのだ。


「倒さなければ……俺が死ぬからだ」


 主導権に足をかけたまま、テルは真っ向から言葉を吐く。


 お互い、魔法を使える。


 テル対オリフレアになったならば、もはや成人の旅もへったくれもない。


 そこにあるのは、魔法を使った全力の殺し合いだけなのだ。


「あはは……そうね。確かにそうだわ……私が死ななきゃテルが死ぬ……まったくそうよね」


 愉快そうに彼女は、大きく笑い声をあげた。


「そういう馬鹿正直なところは……嫌いじゃないわよ」


 オリフレアは、笑いをそのまま窓の外に向ける。


「テル……」


 ふふふ、と彼女は悪い笑みを浮かべた。


 何かを決意したような、悪だくみに満ちた声に聞こえ、テルは嫌な予感を覚えたのだ。


「テル……ひとつ約束するなら、私はこっち側にいてもいいわ」


 見た目と裏腹の、大人の目。


 それが、自分に向けられる。


 ずいっと近づく、大粒の黒真珠の瞳。


「私を……太陽妃にして」


 テルは、その双眸を見返した。


 前々から、彼女はそんなことを言っていた。


 実際、それほど頓狂な話ではない。


 旅を成功させて戻れば、彼女には十分その可能性はあった。


 テルかハレか、太陽になる方の妻にしろ。


 そう言っているように聞こえるが──テルには、少し違う響きに聞こえた。


 彼女は。


 自分を見ているのだ。


 この、テルタリウスミシータを。


「オリフレアリックシズ……おまえ」


 テルは、彼女を見つめたまま、ひとつだけ聞いてみた。


「おまえ……俺のことが好きなのか?」


 返事は──大癇癪だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ