優しく
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美しい歌だった。
桃は、トーの歌を世界で一番美しいと思っていたが、コーのそれもまったく遜色がない。
しいていうならば、コーの歌はとても明るかった。
まんまるの一番明るい月夜に、人々が楽しげに踊るようないきいきとした歌声。
彼女は、とても明るい人生を送ってきたとは、決して言えない。
だが、コーは言葉を愛した。
名のつけられた、全てを愛そうとした。
彼女の歌に、若い男女が踊り出す。
わっと歓声があがる。
仕事で疲れているはずの、中年の夫婦も踊り出す。
その気持ちは、とてもよく分かった。
コーの歌には、力が溢れている。
聞いていると、身体がうずうずしてくるのだ。
その高い気力に、引きずられないでいるのは難しいほど。
「高すぎるな」
ハレが、ぽつりと呟く。
「高すぎる?」
桃は、気になって繰り返していた。
「ああ……夕刻の疲れた人間に聞かせるには……元気が良すぎるね」
そういえば。
夕刻から夜にかけてトーの歌う歌は、穏やかで優しい歌声が多かった。
疲れている人は、ついうとうとしてしまうような、そんな歌。
同じ歌を歌っていながらも、コーのそれは力をより多く振りまいている。
んー。
一曲終わった時、桃は彼女の元に駆け寄った。
「桃?」
首を傾げるコーに。
「コー……もうちょっと優しく歌える?」
そう聞いてみた。
すると。
「優しく?」
コーは、言葉の意味が分からずになおさら首を傾げるのだ。
そこで、彼女ははたと困った。
優しく、というのは目に見えるものではない。
だから、彼女はそれに触って確かめることが出来ないのだ。
どうやって、『優しい』というものを、コーに教えたらいいのか。
桃は、しばしうなった後。
「こ、こんなカンジ……かな?」
と。
優しく──コーを抱きしめてみた。




