三人
∠
「おのれ、半分め! 半分め! 泥棒女の息子め!」
激痛にのたうちながら、女はわめき散らした。
炎を、方向も定めず放ちまくる。
エンチェルクは木陰へ退避していたし、すでにヤイクも林の中へと身を隠していた。
その手の赤が消える瞬間を、エンチェルクは見逃さなかった。
痛みで、自分が炎を放てなくなっていることさえ、すぐには気付けなかった女に、迂回した側面から襲いかかったのだ。
落ちたのは。
腕。
片方の、腕。
「───!」
もはや、女の絶叫は声にならなかった。
もう片方の手で、己の髪を引きちぎるや、緑に燃え上がらせたかと思うと──宙空に舞い上がる。
逃げる気だ。
テルは、右手に巻いた髪に使う魔法を考えた。
だが、確実に仕留められるものを、思いつくことは出来ない。
使える魔法は。
たった一度だけなのだ。
深手は負わせたが、生き延びる可能性はあった。
諦めかけた。
その時。
ヒュンッ!!!
空を、一つの筋が切り裂いた。
空を飛んで逃げる女の身に、その筋は突き立つのだ。
一瞬。
空で、それは動きを止め。
そして林の奥深くへ──落ちた。
あの筋がなんだったのか。
テルが、はっと視線を地面に落とすと。
まだ。
まだ、その身も起こせない状態だというのに。
朦朧としたままの。
ビッテが。
弓を構えていた。
※
「追わなくていい」
落ちた女を追おうとするエンチェルクを、テルは止めた。
とりあえず、最大の脅威が去ったことは間違いない。
まずは、全員がそのことを確認し、しっかりと立て直すべきだった。
まだビッテは、起き上がれないのだから。
「やれやれ」
余分な仕事をしたとばかりに、ヤイクが林から出てくる。
政治肌の男も、役に立つものだ。
テルは、彼のことを見直した。
今回の敵は、イデアメリトスで。
既にビッテが落とされた状態まで含めて、ヤイクは計算したのだろう。
一度しか使えないテルの魔法と、エンチェルクの剣術。
そして、結論を出したのだ。
『負けるかもしれない』、と。
負ける=旅の失敗=死。
彼は彼なりに、それを回避しようとしたのである。
そして、ビッテ。
テルが彼に近づくと、場の眠りの魔法は失せていた。
既に、女の魔法の効力は切れたのだろう。
しかし、眠りの魔法を食らった事実は消えない。
すぐには、目覚めないはずなのに。
「これの、おかげです」
彼は、焦げた自分の衣服を見せる。
わき腹の部分だった。
女の放った場の雷が、彼の身をかすめたのである。
その痛みと衝撃のおかげで、ビッテは強制的に覚醒した。
素早く動けなかった彼は、ただ必死に弓を撃ったのだ。
三人が、それぞれテルの手元に戻ってくる。
その感触を確かめて、彼はようやく大きな吐息を一つこぼすことが出来た。
それぞれが、それぞれでやるべきことをしっかりとやったのだ。
ただの1人が欠けても、これほど素晴らしい結果は出せなかっただろう。
イデアメリトス相手に、テルは魔法を使わずに、誰も失わずに勝ったのである。
「皆が俺の従者であったことを……本当に誇りに思う」
愛しかった。
彼ら全てが──愛しくてしょうがなかった。