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騙す

「私の親戚の方……何故このようなことを?」


 テルは、時間を稼ぐために無駄話を始めた。


 彼女の意識を散らし、エンチェルクの接近を少しでも気づかれないようにするためだ。


 そして。


 髪を一本──右手に巻いた。


 彼らの魔法は、髪を必要とする。


 長い髪ほど、力をたくわえていて強い。


 そう言われているのだ。


 だから、イデアメリトスの正式な傍系と認められなかった一族は、すべて髪を短くしていなければならない。


 結わえるほど伸ばすのは、反逆の証なのだ。


「何故? 何故……くくく……私が、イデアメリトスだからよ。半分しか我らの血を引かぬ者」


 空の割れる気配を察知し、テルは地面に伏せた。


 ピシィッと空気を切り裂き──雷が降り注ぐ。


 幸い、テルの機転と、さしたる強さではなかったおかげで、彼はそれを食らわずにすんだ。


 これは、場の技。


 彼女は、己の姿を見せないように木陰に隠れている。


 逆に言えば、テルの姿をいま確実に視認しているわけではないのだ。


 ということは。


 彼は。


 伏したまま、動かなかった。


 全神経を、周囲に張り巡らせる。


 相手は、武術家ではない。


 相手は、ただ魔法の力に頼るのみの女。


 そして、エンチェルクは──気配を消している。


「……」


 シンと、静まり返る。


 気が。


 気が、動く。


「……!」


 瞬間。


 テルは、横っ飛びに跳ね起きた。


 ドンッと鈍い音と共に、彼の倒れていたところに水の玉が炸裂する。


 個の魔法!


 そして。


 ついに、テルは見た。


 髪は、背の真ん中ほど。


 年の頃は三十ほどの──まごうことなき、イデアメリトスの容姿を持つ女を。



 ※



 女は、驚きの余りテルを見つめたまま、一瞬動きが止まった。


 最初の雷に、打たれたと思っていたに違いない。


 だが、彼女はそれを信用しきってはいなかった。


 確実に止めをさすために、水を撃ったのだ。


 だが、女は知らない。


 テルは、これまでのイデアメリトスの子とは違う。


 己の身は、己で守ることの出来る、イデアメリトスの子なのだ。


 その呆然とした隙に。


 エンチェルクが、飛び込んできた。


 彼女の刀が突っ込むのと、驚いた女が左の手を突き出すのは──女の方が早かった。


 ぞっとした。


 間に合わない。


 魔法の発動の方が、速い。


 テルは、髪を巻いた手を突き出そうとした。


 それとて、到底間に合わない。


 分かってはいたのだ。


 分かってはいるが、何もせずに見ていることが出来なかった。


「エンチェルク!」


 女の手が、真っ赤に燃える。


 焼き殺す気だ。


 テルが、遅れて右手の魔法を発動しようとした時。


 とすっ。


 そんな、音がした。


「お……当たるもんだな」


 エンチェルクと女が対峙する反対側。


 少し離れたところに──ヤイクがいた。


 女の背に突き立つ、彼の短剣。


「ぎゃあああああああ!!!!!」


 激痛で振り回される炎に、エンチェルクは飛びのいた。


 あぁ。


 そうだ。


 ヤイクは、政治肌ではないか。


 敵も──味方も騙すのはお手の物だ。

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