取ってびっくり
∠
テルを見て、別の意味で相手は戸惑いながらも、顔色を変えた。
彼らの探している人間ではなかったが、別の意味で問題だった、というわけだ。
自分を見て、敵意をむき出しにする人間。
テルは、分かった。
これが、月の連中か、と。
反射的に全員を見渡したが、白い髪はいない。
ここにいるのは、太陽に対して憎しみはもっているものの、月の力を失った連中だ。
トーほどの髪を持つ人間は、よほど稀有なのだろう。
だからこそ、彼は自分の血脈を捨て、好きなように生きられるのだ。
誰も、彼を止められないのだから。
トーという存在とは、あまり近しい付き合いではない。
時折、キクの道場に現れるのと、その素性を父から聞くくらい。
あと。
夜に聞こえる歌は、彼の唇によるものだ。
夜鳴鳥がいる。
テルの認識は、その程度だった。
トーの歌は心地よいが、彼の心を揺さぶるには切ない響きすぎる。
微妙な心の浮き沈みを、しっかりと汲み取れるほど、テルはまだ極めてはいないのだ。
自分には、足りないものがある。
トーの歌を聞きながら、そう思った。
キクやウメの言うところの、『侘び寂び』、なるものだ。
物悲しさ、枯れた美しさ。
そんなものを習得するには、あと20年は必要だろう。
テルが、月の一族のことを考えている間に、戦いは進む。
豪快なビッテの技からすり抜けた小物を、エンチェルクが彼の手前で封じ込める。
初めて、彼女の実戦を見た。
キクの教えを従順に守る、型どおりの動き。
面白みはないが、エンチェルクはそんなものよりも、確実性を重視している。
早く、成長したいものだ。
テルは、ただ待つという苦行を強いられながら、そんな二人の技を見ていた。
こんな子供の姿では、ただ守られていなければならない。
何とかこらえてはいるものの、やはり自由に動くビッテやエンチェルクの長い手足を見ると、うらやましくも思うのだ。
「やれやれ……野蛮だな」
ヤイクにとっては──戦いそのものが、面倒くさそうだった。
※
「まったく、月なんてロクなもんじゃないですな」
ヤイクは、辟易した声をあげた。
テルは、それに一部だけ同意することにした。
月という表現でいっしょくたに混ぜているが、彼が言っているのは、月側の勢力のことだ。
旅に出る前から、一番憂慮する相手であることは分かっていたが、実際に対面したことで、都がいかに恵まれた場所であったかを理解できた。
テルは、剣術の訓練に宮殿を出ていたが、月の人間に命を狙われたことはなかったのだ。
勿論、一人で町を歩いているわけではないが、それでも相手が本気ならば、どんなところからでもテルの命を狙えたはずだ。
それが、この18年間起きていないということは、単純に不可能だった、ということである。
都内の警備や情報が、しっかりと機能しているおかげだろう。
二度、これまで戦うこととなった。
二度とも、同じような状況から戦闘になだれこんだのだ。
彼らは、誰かを探している。
その確認のために、テルのフードを取ろうとしたのだ。
取ってびっくり──イデアメリトス。
向こうも、さぞや驚いたことだろう。
「誰だか分かりませんが、さっさと捕まるといいですな」
ヤイクは、探し人のとばっちりを受けている事実に天を仰ぐ。
彼の考えたフード作戦そのものは、間違っていないはずなのに、余計な動きが混じったせいで、危険にさらされているからだろう。
せっかく髪まで切ったというのに。
そう、思っているのかもしれない。
「彼らを倒したことにより、余計に追っ手が増えるかもしれませんね」
ビッテが、自分の腰の剣に視線を落としながら、小さく呟く。
まったくその通りだ。
人探しに行った者たちが戻らない。
彼らを探しに行ってみれば、刀傷でみな死んでいるのだ。
そこからは、想像すれば分かるではないか。
武器を持った人間に、全員の命を賭けてまで戦う相手とは誰か、と。
これから、ますます道のりが険しくなりそうだ。
それと同時に、テルは思った。
その災難は、きっとハレも被ることになるだろう、と。