イデアメリトスの楽士
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話を、聞いてみたかった。
ハレは残念に思ったが、リリューの制止を振り切ってまですべきことではなかった。
まだ、ここで自分の命を賭けるわけにはいかないのだ。
月側の人間。
その血にまで、憎しみが刻まれているかのように、彼らは統制が取れていた。
そして、まっすぐにハレの命を狙ってきたのだ。
何代にも何代にも渡って、憎しみを受け継いできた彼らは、少数ながらも決して侮れない。
彼らの祖先が、旅に失敗した理由に、彼らは噛んでいるのだ。
その血を──トーは引いている。
だが、あのイデアメリトス公認の楽士は、太陽の近くに来ることがありながらも、決して憎しみの牙をむくことはない。
『ただ、彼は愛されたいだけだ』
父が、いつかそう教えてくれた。
トー自身が、愛されたいと思っているわけではない。
彼が背負う夜の世界を、誰かに愛されたいと思っているのだ。
だから、トーは歌う。
一族全部を敵に回しても市井にいるのは、彼らとは別のやり方を取ると決めたから。
他にも、トーのような人間が、わずかながらにいるかもしれない。
もし、そんな人間に会えるのならば、ハレはゆっくりと話をしたいと思ったのだ。
トーは、余り自分からたくさんのことを、話す人間ではなかったから。
「モモは……歌を歌えるかい?」
彼のことを思い出したら、ふと歌が聞きたくなった。
「ええ? う、歌ですか?」
さっきまで、刀で彼を守ってくれた女性は、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「かあさまか、トーおじさまの歌くらいしか……知らないです」
その唇から、当たり前のように月の男が現れた。
ああ。
ハレは、それを幸せに思った。
そうか、彼はもう幾人かには愛されているのか、と。
「よかったら……『夜明けの歌』を歌っておくれ」
彼の願いは、多少モモを困らせたようだったが、ゆっくりと歌い出してくれた。
トーのような力は、そこにはなかったが──優しい声だった。