訪問者
#
家に帰ったリリューを、父が待っていた。
正確には、父と父の客が。
客は、小さかった。
だが、その首に長く巻きつけた髪を見れば、素性は分かった。
ほくろはない。
肌の色も、少し薄い。
子供の姿をしているが、その瞳は穏やかにリリューを見ている。
道場では、分け隔てなく扱われるので勘違いしそうになるが、彼らはイデアメリトスの子なのだ。
リリューは、黙って臣下の礼を取った。
「すまない、突然押し掛けて」
テルの双子の兄──ハレは、そうして語り始めるのだ。
「ダイエルファン……貴方の息子殿の力を、貸してもらえないだろうか」
優しい、声だった。
断られたならば、そのまま帰るだろうと思わせる、そんな声。
望むならば。
彼らが望むならば、いくら成人前とは言え、ある程度のことは強いることは可能なはずだ。
だが、そうしたいと思っていない。
柔らかなイデアメリトスの子。
「私の成人の旅の伴として、同行して欲しい」
捧櫛の神殿への、小さい身での旅。
彼は、それを乗り越えなければ成人とみなされないし、次代のイデアメリトスの太陽になれないのだ。
連れて行けるのは、男が二人だけ。
その一人に、自分を選ぶと言っているのだ。
テルとは、反対側の陣営について欲しい。
いままで、ほとんど面識のない彼に、そう頼まれている。
その意味を、リリューが考えようとするより先に。
ハレは、穏やかに付け足した。
「ただ……申し訳ないが、旅が成功しても、息子殿を賢者にすることは出来ないだろう。それでよければ、だが」
何を。
何を、この子は言っているのか。
リリューは、その意味をよく飲み込めなかった。
※
「とうさん……」
リリューは、ダイと向かい合っていた。
イデアメリトスの子が、答えは後日でも構わないと帰って行った後。
「あの御方は、イデアメリトスの太陽になる気がないんだろう」
父──ダイは、ゆっくりと語る。
重い剣を振るう男の唇は、同じように重いのだ。
「テルに譲る、ということですか?」
問いに、父はすぐには答えなかった。
「おそらく……」
しばらくの思索の後、彼は口を開いた。
「おそらく……何か、やりたいことがあられるのだ」
太陽になるより、他のものになりたいと考えているというのか。
リリューには、にわかに信じがたいことだった。
だが。
あの穏やかなハレの瞳に、深い欲など見えない。
テルの方が、よほど分かりやすかった。
「少なくとも」
父が、自分を見る。
時々、こんな風にまっすぐに見る。
「少なくとも、あの御方は旅を成功させるつもりだ」
リリューを護衛に連れて行くと考えていることから、父はそんな結論に達したのか。
買いかぶられている。
彼は、少し困った。
自分の腕は、まだ父にも母にも届かない。
父のような剛力ではないし、母のように技巧もないのだ。
母は、いつもリリューを満足させなかった。
強くなったと彼が思いかけると、必ず足元をすくうのだ。
その度に、リリューは自分に足りないものを痛感するのである。
「よく、考えろ」
大きな手が、彼の頭に乗せられる。
背だけなら、父と変わらないというのに。
とうさん。
私は、もう頭を撫でられるような子供ではありません。
何度かそれを言おうとしているのだが、いつも失敗するリリューだった。