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月は出ているか

 リリューが、それに気づいたのは、まだ宵の口のこと。


 ハレとホックスが、学問的な話をしている最中。


 リリューは、シッと二人の声を止めた。


 モモも、瞬間的に緊張した。


「どうせ、もうこの辺にはいないぜ」


「手間かけさせやがって」


 男が数人。


 松明を持って、こちらの方へ近づいてくる。


 何かを探しているようだ。


 彼らも火を焚いていたので、探しているものの手掛かりにならないかと様子を見に来ているのだろう。


 夜盗とは違うようだが、リリューは警戒を解かなかった。


 町からは、まだ遠い。


 そんなところを、夜を歩く男たちである。


 おそらく、丸腰ではないだろう。


「おっと……」


 お互いの火で、顔が見える距離で相手が止まる。


 橙に浮かび上がる男たちは、決して良い人相ではなかった。


 正確には──よい気配ではなかった。


「どうかしましたか?」


 リリューは、慎重な声で問いかける。


 その声を脇に置き、男は松明を高めに掲げた。


 視線は。


 モモに。


 だが、探しているものではなかったようだ。


 すぐに松明を下げる。


「そこの娘くらいの年の、女を見なかったか?」


 男たちは、じろじろと彼らを見る。


 リリューを、ホックスを、モモを──ハレを、三度見た。


「いや……見ていない」


 息を、整えた。


「そうか……」


 男たちは、そのままためらいなく剣を抜いた。


 ハレを見て。


 抜いた。



 ※



 この国で。


 ハレを見て迷わず剣を抜く人間は、どんな人間か。


 彼は、子供で、非常に髪が長く、幾重にか首に巻きつけている。


 特徴的な姿だ。


 一般市民は、分からなくても──分かる人間が見れば、彼が何者なのか推察できる姿でもあった。


 それを分かった上で、剣を抜くのであれば。


 リリューは、松明を投げ捨てて斬りかかってくる男を、抜きざまに両断した。


 だが、男たちはみな、リリューめがけて突進してきたわけではない。


 左右に散開したのだ。


 いくらリリューとは言え、左右に離れた敵を同時に斬ることは出来ない。


 狙いは、分かっている。


 彼は、すぐさまハレの身を守れるところへと下がった。


 大きな木と自分の間に、ハレとホックスを押し込む。


 これで、彼らが背後から斬りつけられる危険を減らすのだ。


 勿論、一人ではカバーしきれない正面の半分を、モモが受け持ってくれた。


 吸って、吐く。


 複数の人間の、入り乱れる呼吸の中で。


 リリューとモモだけが、ぴたりと一致した呼吸を繰り返す。


 木々の間から、モモめがけて松明の残骸が投げつけられる。


 すぅっ。


 彼女は、それを難なく両断した。


 モモが落ち着いているという事実は、彼を非常に心強くさせてくれる。


 彼女もまた、自分と同じように気配を感じているだろう。


 強い、憎しみの気配。


 木々の向こうに、間違いない『敵』がいるのだ。


「話をしたいのだが」


 背中から、そう囁かれた。


 リリューは、集中を切らさないまま、こう答えた。


「お勧め出来ません」


 既に、彼は一人斬り倒している。


 その死にさえ、他の連中は頓着しなかった。


 相手には、命を捨てる覚悟がある。


 その覚悟には、リリューも覚悟を持って応えなければならなかったのだ。



 ※



 四人いた男はみな骸になった。


 三人は、リリューが。


 一人は──モモが。


 初めて、人を斬った。


 何かを飛び越えた感覚を、リリューがゆっくりと噛みしめていると、モモが地面に膝をつく。


「な……何をしている?」


 まだ、うまく歯の根があわない声で、ホックスが彼女に問いかけた。


 モモは、敵の屍に手を合わせていたのだ。


 一瞬、そこに伯母がいるかと思ったほど、彼女は彼女の母に似ていた。


 容姿は、全く似てはいないというのに。


「安らかに眠るよう、祈っています」


 凛とした、声。


 この行為を、決して何人も咎めることは出来ないのだと。


 リリューは、自分の中で噛みしめて血肉にしようとした。


 モモは。


 相手の魂に祈りを捧げることで、自分を赦したかったのだろう。


 人を殺すという毒を飲んだ二人は、まったく違う結論へとたどり着いたのだ。


「もはや屍なのだ……恨み続けなくてもいいだろう」


 ハレは、ホックスの震えを止めるように、軽く腕を叩く。


「は……はぁ……」


 気抜けしたように、彼は納得したのかしていないのか分からない声を出した。


「人を……探しているようでしたね」


 立ち上がったモモが、膝の汚れを払いながら呟く。


 ああ、そういえば。


 確か、彼女くらいの年の娘を探しているとか。


 この男たちから、逃げたのだろうか。


 捕まっていなければいいが。


 リリューは、そう思った。


 捕まえた娘に、優しくするような男たちには見えなかったからだ。


「もしかして……」


 しばし考え込んだ後、ホックスが唇を開いた。


 かなり、震えは止まってきたようだ。


「もしかして……さっきのが、『月』の人間というものなのか?」


 誰もが、はっきりと音にしないことを──彼は口にしたのだった。



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