表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/329

お母さんは日本人

「母は、本当に植物が好きでね」


 桃が、ホックスを休ませていると、ハレが自分の荷を解いた。


 ハレの母――太陽妃でもあり、桃の母の数少ない同胞。


「よく、母と一緒に宮殿の温室へ行ったよ」


 荷の中から、紙の包みを取り出す。


 それを、ハレはつらそうなホックスに差し出すのだ。


「体力が落ちているせいで熱が出たのだろう……母直伝の薬草だ」


 あ。


 包みが開かれた時、知っている匂いがした。


 熱を出した時、母が自分に飲ませる薬だったのだ。


 独特の匂いなので、決して間違えない。


 そっか。


 太陽妃の薬に、桃もお世話になっていたのだ。


 匂いに、ホックスは顔をしかめる。


「効きますよ、これホントに」


 しかめる気持ちが、とても良く分かって――桃は、つい笑ってしまった。


 しかめた視線が、自分にすっとんできたので、慌てて桃は薬を飲むための水の準備に取り掛かったのだ。


 さすがに、太陽妃直伝の薬を、ホックスも拒むことは出来なかったようで。


 桃の差し出す水と共に、一気に薬を飲み干したのだった。


 この後、何が起きるか桃は知っている。


 にこにこしながら待っていると。


 疲労していたホックスは、ことりと眠りに落ちたのだ。


 このまま、少し長めにぐっすり眠るだろう。


 桃も、いつもこうだった。


「道場の朝稽古に、遅れる薬だな」


 リリューは、瞳に笑みを浮かべる。


 彼もまた、その薬のお世話になった人間なのだ。


「そっか……みんなお母さんは日本人なんだっけ」


 分かっては、いたことなのだ。


 だが、いまもなお、ちゃんとつながっている事実が、不思議であり、嬉しかった。


「そう……不思議な三人の女性は、父の旅路に舞い降りたんだよ」


 美しい物語を繰るように――ハレは目を細めた。



 ※



 桃も読んだことのある太陽妃の物語は、捧櫛の神殿が作った本に記されている。


 美しい挿し絵と共に。


 その挿し絵を描いた男は、道場に時折居候しにくる。


 手土産に持ってきてくれたのが、その本だった。


『二人の侍女を従えて、太陽妃はこの国に舞い降りた』


 それが、一番最初の書き出し。


 扉の絵は、太陽妃の後方に控える二人の女性。


 一人は本を持ち、一人は刀を持っている。


 一人は、長い黒髪に着物姿。


 もう一人は、短い髪の袴姿。


 侍女の名など、本の中には出てこない。


 しかし、その絵をみた桃は、すぐに誰か分かった。


『これ、かあさま?』


 問い掛けに、母は『さあ、どうかしらね』と、はっきり答えなかった。


 でも、桃は疑わなかった。


 時折、太陽妃が母を訪ねてくるのを知っていたからだ。


 ただ。


 侍女というのは、嘘だと分かっていた。


 太陽妃を特別に記すために、そう書かれたのだろう。


 母と太陽妃は、とても親密だった。


 形式上の儀礼は取るが、お互いの存在をとても大事にしているのが伝わってくるのだ。


 小さい小さい太陽妃。


 だが、彼女が成し遂げた偉業は、この国を歩いてゆけば、必ず見つけることが出来る。


 穀物畑を、見ればいいのだから。


『太陽妃は、やせた畑を水で満たすようにおっしゃりました。するとどうでしょう。畑はみるみる甦り、金色の豊かな実りを迎えたのです』


 いまや、農業を営む家庭で、収穫後に畑に水を入れるのは、当たり前のことだ。


 その涼しさに誘われ、水入れの日には、小さな祭が行われるほど。


 都の外畑の水入れには、太陽妃は必ず出席されるのだ。


 農民たちは、みなそれを知っている。


 太陽妃がいる限り、豊作を約束されていると信じているのだ。


 生きながらにして、ハレの母は伝説となった。


 母も、たくさんの仕事を成し遂げた。


 そんな日本人の血を引く自分には、何が出来るのか――まだ分からなかったけれども。



 ※



 目を覚ましたホックスは、すっかり熱が下がっていた。


 桃は、それにほっとしながらも、野営の準備に取り掛かっていた。


 辺りは、すっかり夜になっていたのだ。


「前から思っていたが……」


 まだ少しけだるそうなホックスが、語り掛けてくる。


 話し方が、ハレに対するものではなかったので、つい桃は視線を彼に向けた。


 こっちを見ている。


「野営に慣れているのだな……市民は皆そうなのか?」


 桃に、というより――桃とリリューに、問い掛けているという感じだった。


「おばさまが……ああ、リリューのかあさまなんですが、よく小さな旅に連れ出してくれたんです」


 世間話のように桃は語るが、ホックスはまるで学問のようにしかめっつらで聞いている。


 しばし、彼の反応を待つ。


 それほどすぐには、ホックスはしゃべりださなかったのだ。


「ああ……君たちは従兄弟なのか」


 何を今更、な話だった。


 それを、真面目に語られるものだから、桃の方が面食らってしまう。


「そうです」


 答えたのは、リリュー。


 その目には、笑みがあった。


 声にも何か、前までと違う響きが。


 リリューが少しだけ、ホックスに歩み寄った気がしたのだ。


 そういえば。


 ホックスに、個人的な話を聞かれたのは――これが初めてだった。


 そっか。


 ホックスはいままで、彼女たちをただの空気のような使用人だと思っていたのだろう。


 だから、興味もないので、話し掛けもしない。


 そんな彼が。


 やっと、二人を認識したのだ。


 一緒に旅をしている人間なのだと。


 同じ釜の飯を食べて、日夜の苦難を共にすれば、その人間のことが、よく分かる。


 そう言っていたのは、伯母だった。


 釜の飯なるものは、食べたことはなかったが――共に食べるパンを切り分けることは出来たのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ