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親というもの

 桃は。


 自分が、本当に恵まれていたのだと、今日よくよく分かった。


 彼女は、素晴らしい大人たちに囲まれて育った。


 子供たちと言えば、リリューやテル。


 他の子も、主に道場の門下生だったため、ひどい言葉をぶつけられることもなかったのだ。


 だから、まったく悪意に対する耐性がなかった。


 棘全開の感情。


 ただ救いだったのは、オリフレアという女性は桃を憎んでいるわけではない、ということ。


 憎しみを元にした悪意ならば、自分のショックは計り知れなかっただろう。


 だが、彼女はただ手当たり次第に悪意をぶつけているに過ぎなかった。


 そこにいたのが桃だったから、簡単にくらってしまったのだ。


「オリフレアはね……」


 再び旅路に戻った時、ハレがそう切り出した。


「オリフレアは、放っておかれた子でね。彼女の母は、奔放な人だったから」


 悪い人ではなかったんだが。


 女性にしておくには、勿体ないほどの豪傑。


 ハレの語る、親の世代の話。


 桃が、母や周囲を通じて伝え知るしか出来ない世界。


「だから、オリフレアは自分が誰からも望まれた人間ではないと思い込んでいる。その誤解を解くには、既に彼女の母は亡くなってしまったしね」


 だからといって、暴言が許されるわけではないが。


 ハレは、穏やかな声でそう言ったが、同情深げではなかった。


 事情を説明しながらも、オリフレアとの間に距離を感じる。


「あの……お父さんは……?」


 さっきから。


 ハレの話には、彼女の母しか登場しない。


 普通、子供には母親がいれば父親もいるはず。


 母がダメながら、父でもいいではないか。


 桃は、素直にそう思ったのだ。


「……」


 ハレは、答えなかった。


 ただ、薄く微笑むだけ。


 そういう微笑みを、桃は見たことがあった。


 自分の母、だ。


 あ。


 分かった。


 オリフレアの父も、自分と同じ──ワケありなのだ。



 ※



 あ、飛脚だ。


 桃は、すれ違いざまに振り返り、目で追った。


 街道を相当早い速度で、それは駆け抜けてゆく。


 隣の町まで着くことのみを目的としているため、馬をしっかり走らせるからだ。


 早く届けることと同時に、それは荷の安全を守るためにも必要なこと。


 人々の大事な荷を積んでいるのだ。


 それが、頻繁に盗賊に遭い、不達の事態が増えれば、すぐにお客は減ってしまう。


 信頼を守るための速度。


 そう、母が飛脚のことを教えてくれた。


 桃にとって、飛脚は父の手紙を届けてくれる、たった一つの大事なもの。


 だから、彼女は飛脚の荷馬車が一番好きだった。


 伯母が、道場に通うついでに、いつも荷を拾ってきてくれる。


 父からの手紙は、いつも母宛。


 だから、桃は決して自分でそれを開けて見ることが出来なかった。


 母が目を通した後、そしてようやく彼女が呼ばれるのだ。


 父の字は、きちんと整っている。


 だから、桃も一生懸命綺麗な字が書けるように勉強した。


 父に手紙を書くのに、恥ずかしい字を書きたくなかったからだ。


 だが、母はなかなか桃自身が手紙を書くことを、許してくれなかった。


 ようやく許してくれたのは、母が桃を目の前において、三時間ほど話をした後のこと。


 つい、一年前の出来事だ。


 三時間。


 母は、父の立場について全て話をしてくれた。


 桃が、どれほど手紙の人を父だと思っても、それを決して口に出してはいけないのだと。


 母の言葉を飲み下すには、桃には時間が必要だった。


 飲み下したら、手紙に何と書いたらいいか──分からなくなった。


 でも。


 子供の頃から、会いたかった気持ちは消えず。


 ついに、桃は旅立ったのだ。


 飛脚は、桃と父を本当の意味ではつないではくれなかった。


 だから、自分の足で会いに行くのだ。


「飛脚か……」


 リリューが、彼女の視線の先を走り抜ける荷馬車を見て、小さく呟いた。


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