産声
新しい町が、生まれた。
塀や門はない。
そんなものを作る必要はない。
この町は、これから外側に大きくなっていくのだ。
都とつながる太い街道を西へ半日行けば、その町がある。
若者たちは目を輝かせ、頬を紅潮させながら急ぎ足で町へと向かっていた。
木で作られた仮の看板を越えると、案内所を兼ねた一般学生寮の入口がある。
ここで案内を聞くと、大通りをそのまま突き当りまで行くように言われる。
突き当りに、町の管理事務所があるのだ。
管理事務所なんて、しょぼい表現に惑わされると、ひどい目にあう。
何故なら、そこの所長は──
「やあ、よく来たね……待っていたよ」
長い髪を編んだ、太陽の子息なのだから。
各町の寺子屋の長からの紹介状を握りしめた若者は、まずそこで茫然とする。
ほとんどが、平民の子供たちだ。
貴族と話すことさえない彼らは、いきなり太陽の子息から、これからの話を聞かされるのだ。
とても冷静に、頭に入るものではない。
だから、書面でも渡される。
彼らは、時間を経て心穏やかになった頃、書類に書かれた内容と、最後のサインの名を見て、自分が会った人間が誰であるか確信することとなるのだ。
次に、学校へ向かう。
初めて来た者は、必ず北棟からだ。
ここでは、必修科目が用意されている。
最低限の基礎学力を揃えるためのもので、それぞれの講師にお墨付きをもらえれば、すぐに修了することが可能だった。
次が、西棟と南棟だ。
西棟は、専門の学術講師がいる。
南棟は、専門の技術講師がいる。
それぞれの棟で、自分の進む道を自分で選び取っていくのだ。
これで、学問をするための準備がようやく終わる。
ここからは、生活のための準備となる。
町をゆけば、心をくすぐる文具店や、おいしそうな食堂に、こじんまりした市場もある。
勿論、飛脚問屋もちゃんとあった。
だが、一般の学生にはほとんどお金がない。
肩を落とす彼らは、次に広場の掲示板に目を止めるだろう。
日雇いの労働者の募集だ。
町は、まだ拡張を続けている最中で、人手が足りないのだ。
ただし、学生は月に働ける日数には限りがあり、それを越えることは許されない。
それでも、自分のための文房具を買うことや、ささやかな贅沢を夢見ることは出来る。
少し明るい気持ちになったところで、ふと空を見上げると、木剣を打ち合う音が、どこからか聞こえてくるかもしれない。
大通りから、二本違う辻に入るとそれはある。
石作りの多い建物の中、暑さに強い建材で作られた、不思議な建物。
中を除くと、とても背の高い男が弟子らしき男と剣を打ち合っている。
剣術道場だ。
見た事のない不思議な衣装をつけ、ひたむきに稽古をしているその姿は、勉学を極めるために来た若者の心を、惹きつけることもあるだろう。
剣を打ち合う音以外に、聞こえてくるものがあるとすれば。
それは、歌に違いない。
何故か、歌声は路地をいくつも越えた先から聞こえてくる。
それらを乗り越えて追いかけて行くと。
そこには。
小さな神殿があるのだ。
歌は、その中から聞こえてくる。
扉を開ければ、奥に白い髪の人間がいるかもしれない。
それは、男のこともあれば、女のこともある。
運が悪ければ、どちらもいないこともある。
その時は、他の神官たちの静かな歌声が流れているだろう。
今日は、とても運がよかったようだ。
白い髪の男も女も──両方揃っていたのだから。