新婚
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リリューは、自分の妻になる女性を見た。
普段は着ないだろう明るい朱の衣装は、伯母からの贈り物。
赤い髪飾りは、母からの贈り物。
腕に抱えている白い花束は、太陽妃と桃とコーから。
親戚が遠いところにいる彼女のために、近い女性たちがみな心を砕いてくれた。
一方、リリューは袴姿。
伯母に縫ってもらっていながら、なかなか袖を通すタイミングを逸していた衣装だ。
無駄に背の高い自分には、少し似合わないと思いながらも身に付けたのだ。
「奥方は北部生まれか……都では珍しいな」
ちらとレチに視線を投げた後、こちらに近づいてきたテルの一言目はそれだった。
言葉の中に、微かなひっかかりがあるのは、彼女の町よりも北に住む一族のせいか。
「何か……問題がありますか?」
リリューの声は、いつもより低かったはずだ。
この結婚に、何らかの問題があると言われるならば、リリューは彼女を連れて都を出るだけだった。
「いや、ない……あるとするなら、お前との接点か? どこでひっかけた?」
その覚悟の片鱗が、垣間見えたのだろうか。
テルは、苦笑いを浮かべながら、話を違う方向へと流す。
「イエンタラスー夫人の屋敷だよ」
答える前に、ハレが現れた。
一緒に旅をしていた相手だけに、どうやらレチのことは知られていたようだ。
「おめでとう、リリュールーセンタス。学術都市に、道場を作ってくれるそうだね……楽しみにしているよ」
ハレとは、長い付き合いになるだろう。
都市の長となる彼と同じ地域に住み、それぞれの道を歩くことになる。
「私も、都市に入ることになりました」
ハレの少し後方から現れたのは──ホックスだった。
彼ほど、その都市に相応しい人間もいないだろう。
内にこもるものではなく、多くの人々と研磨し合う勉学。
いまの彼ならば、きっと教える立場になることが出来るに違いない。
結婚式の日に相応しい、晴れやかな未来の話。
レチも、幸せな気分を味わっているだろうか。
目を向けた先の彼女は。
女性たちに囲まれて、恥ずかしそうに微笑んでいた。
※
リリューの部屋が、二人の部屋となった。
いまは部屋数も足りないが、そう遠くなく出て行く家である。
少しくらい不便なくらいで丁度いい。
レチは、よほど朱の衣装が気に入ったのか、姿見が見える位置に行ったり戻ったり。
じっくり見たいが、何かが邪魔して出来ないような可愛らしい様子に、ふっと笑みをこぼしてしまう。
その笑みは、彼が見ていることを相手に教えてしまったようで、こちらを振り向くなり、白い肌を真っ赤に染めて、少し怒った目になる。
「ゆっくり見るといい」
伯母が、彼女に似合うようにと選んだ美しい衣装だが、晴れ着でもある。
そう頻繁に、着る機会はないだろう。
「え……いえ……私は別に……」
決して自惚れているわけではないのだと、彼女は赤くなったまま、たどたどしく言い訳をしようとする。
そんな彼女の手を握り、引いて行く。
姿見の前へ、だ。
「濃い色が、よく似合う」
それが、リリューなりの精いっぱいの褒め言葉だった。
色が白く髪が灰色なため、色の濃いものならばきっと何色でも彼女に似合うだろう。
赤でも黒でも緑でも青でも。
きっと──色の濃いリリューも、レチに合うのではないかと思った。
「あ……ありがとう……」
彼女の肌の色が、だんだん衣装と同じ色に変わって行くのは不思議なほどだ。
「あなたも……その衣装、とても似合っているわ」
うつむき加減に褒め返され、正直まいった。
姿見に映る背の高さが、袴を間延びさせて見せる。
母とは違い、着られている感の拭えないリリューは、しかし自分の妻の言葉をないがしろにはしなかった。
馴染むまで着てみるか。
そう思った。
感謝の言葉を口にしようとして視線を落とすと、彼女もようやく顔をあげてくれる。
恥ずかしさのせいか、潤んだ瞳とぶつかってしまって。
リリューは、言葉以外の唇の使い方を、初めて覚えた。
姿見に映った二人も──口づけをしていた。