テテラとレチ
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エンチェルクが去った後、桃の周りではいろいろなことがあった。
そのひとつが、イーザスの再来だ。
監視の厳しい都に、まだいるのかと驚いたが──考えてみれば、彼が彼女を置いて去るはずなどない。
テテラの歩く練習を兼ねた散歩には、いままで誰かが付き添っていた。
その付き添いの地位に、滑り込んできたのだ。
最初は、桃も心配して一緒に行っていて。
桃が来ると、コーも来る。
それに更に、手が空いている時はエインが来るのだ。
五人で散歩という、仰々しいことになっていた。
イーザスは、相変わらずギスギスした男だったが、前ほど桃を毛嫌いしていないように思える。
ただ、彼女にしてみれば、イーザスを見ると芋づる式に思い出す男がいて、心に引っかかるところはあった。
そんなある日、テテラは言った。
「明日から、イーザスと二人で散歩に行きます」
いままで彼女は、イーザスを避けていたところがあった。
自分の育てた可愛い子という部分以外は、触れてはいけないものだと思っていたのだろうか。
二人の関係が、散歩の間に変わっていくのが、桃にも見えた。
いや。
その、もう少し前。
ユッカスが捕らえられた事により自由になった彼が、テテラとの最初の再会の時、人目も気にせずに泣き崩れたのを、いまでも忘れない。
彼女の、木で作られた足をなでさすりながら、激しく嗚咽を繰り返しながら、魂の底から泣いたのだ。
あれは、懺悔と歓喜の入り混じる、筆舌しがたい号泣だった。
きっとイーザスは、テテラを失えば、狂ってしまうだろう。
それほどに、激しい愛がそこにあったのだ。
少しだけ、イーザスがうらやましいと思った。
そして同時に。
そう遠くなく。
テテラは、出て行くのではないかと感じたのだった。
※
リリューとレチの結婚式は、内々で行われた。
内々と言っても、テルもハレも太陽妃も来たので、豪華な顔触れになってしまったが。
二人は、もうしばらくこの屋敷に留まるが、新しい学術都市が出来たら、そっちに道場を作って独立するという。
若く、学ぶことを追い求める者たちが集まる町で、教えたいと言うのだ。
心のない学は、曲がり歪むこともある。
志のない道は、壁にぶつかることもある。
そう、リリューは言っていた。
刀の道を歩いていた従兄も、あの旅で変わったのだろう。
文の道を究めたいと思うものの側に、支えとしての武の心があってもいいのだと。
「リリュー兄さんを、よろしくお願いします」
灰色の髪に赤い髪飾りをつけ、白い肌に明るい朱の衣装で着飾ったレチに、桃はそう伝えた。
従兄は、少し浮世離れした人だ。
そんな人を支えながら、毎日暮らして行くのは、大変なのではないだろうか。
そう思ったのだが、余計なお世話だったようだ。
「きっと大丈夫……私は、美しくはないけど頑丈だから」
レチは、切なさと幸せの入り混じる瞳で、桃に微笑み返してくれたのだ。
「綺麗ですよ」
彼女の微笑は、美しいものだった。
多くの物を持とうとしない人だ。
その代わり、持ったものは大事に大事にする人。
多くの物を持とうとしていた自分とは違う彼女の姿は、桃にとっては眩しいほどだった。
「ありがとう、綺麗な衣装のおかげね」
「いいえ、とても綺麗ですよ」
苦笑気味にはにかむレチに、もう一度念を押す。
そうしたら。
レチは、少し泣きそうな目になって微笑んだ。
「ありがとう……」
冷たい土の上に、懸命に咲いた小さな花は──こんな美しさなのだろう。