不遇の娘
∠
テルが、オリフレアの部屋を訪ねたのは、夜も結構遅めの時間だった。
父への報告をして、軍令府へ指示を出し、戦勝の宴に出席していたら、どうしてもそんな時間になってしまったのだ。
オリフレアは起きていたが、彼が来ることを待っていたようには見えない。
既に寝巻に着替えてベッドの中だったし、けだるそうに娘に乳を飲ませていた。
「帰ったぞ」
「遅いわよ」
相変わらずの切り返しの妻に、テルは苦笑しながら近づいていく。
ベッドの脇に腰かけて、彼女と、そして腕の中の小さな赤ん坊を見るのだ。
懸命に乳に吸い付いている娘──ヒセ。
「乳母をつけてないそうだな」
オリフレアは、全部自分の母乳で育てる気なのだろうか。
娘の髪の毛を、ちょいといたずらで触れると、妻はちょっかいを出すなと言わんばかりに、こっちを睨みつけた。
「別にいいでしょ。私はいま、この子を育てる以外、することもないのよ」
棘のある言葉だが、現状を不満に思っている気配はない。
子育てを、オリフレアなりに楽しんでいるのだろうか。
それとも。
昔、自分が母に甘えられなかった反動が、ここに出ているのか。
「その内、手が回らなくなるぞ」
「何? 私に仕事でもあるの?」
怪訝な目を向ける妻に、テルは身をひねり、首を伸ばすようにして口づけた。
「……来年には、二人目が生まれるからな」
一度離して、もう一度口づける。
「……!」
しばらく離れていて、ようやく再会した彼らの間にいる子は、いまはヒセだけ。
だが、勿論一人で終わるはずなどない。
戦いを終えたテルの中には、その余波のせいかもしれないが、別の炎が燃え上がっていた。
男としての、赤い炎だ。
ようやく乳を飲み終えたヒセを、オリフレアは側仕えに預けこう言った。
「娘を抱くより先に、私を抱くのね」
その野趣あふれる瞳は、昔は苦手だったもの。
いまは、テルの背筋を撫でる熱い風にすぎない。
「後で、いくらでも娘には恨まれてやる」
あわれなヒセは──今夜からしばらく、母とは別室で眠ることとなったのだった。