男たちの帰還
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高らかに木太鼓が打ち鳴らされた。
いまかいまかと待ち望んでいた都の町の人々は、その音に地鳴りのような歓声をあげる。
沿道には、朝早くから人々が群れをなし、門の方を見つめている。
宮殿から迎えに来た、美しく飾られた馬具をつけた騎兵を先頭に、赤の幌の馬車が都の門をくぐってきた。
テルとビッテが御者台に出て、人々にその凛とした姿をさらしている。
エンチェルクは、リリューを探した。
だが、見つけることは出来なかった。
おそらく、彼は幌の中だろう。
自分が顔を出す必要はないと、思っているに違いない。
緑の幌の馬車が続く。
こちらは、誰も出てはいなかった。
ただ、ひっそりと過ぎていく。
そして、騎馬の男。
武の賢者だ。
町民から、よく顔も知られているし、人気も高い。
農民出身から賢者にまで登りつめた彼は、多くの兵士や一般市民に夢を与えたのだ。
頼りになる人々の帰還は、エンチェルクをほっとさせた。
彼らの不在の間、決して平穏ではなかった。
異国人の勢力との戦いで、キクもモモもひどい有様になったのだ。
そして、モモはその身体の痛みがようやく消えた矢先に、恋を失うという心の痛みを抱えた。
彼女を慰められるのは──テテラくらいしかいなくて。
キクは、『腹いっぱい食べて、寝ていればそのうち治る』だし、ウメは『自分で立ち直るでしょう』だし、ロジアはそんなことには興味はなく、エンチェルク自身は、助言をする資格がなかった。
昔、エンチェルクは恋を捨てたのだ。
視野は、今よりも狭かった。
そうするのが、一番正しいと思ったあの日を、後悔しているわけではないが、心の均衡を崩す原因のひとつになったのは間違いない。
それを、テルとの旅で整えることが出来た。
均衡という意味で、この都に頼りになる男たちがいてくれるのは、本当に心強い。
女たちは強いが、女だけで生きてはいけない。
エンチェルクは、彼らとの旅や今回の遠征で、よくよく思い知ったのだ。
そんな頼もしい男たちの帰還を、彼女は本当に喜んだのだった。
※
最初に屋敷に帰ってきたのは、武の賢者だった。
屋敷中の人間で、主の帰還を出迎える。
エンチェルクは、つつましい位置でそれを見守っていた。
もう、夕方の随分遅い時間。
ゆっくり、歩いて帰ってくる大きな身体。
長旅で疲れているだろうに、荷馬車も使わない賢者様だ。
穏やかな表情を、彼は出迎えに向ける。
その視線が、キクで止まった。
「いま帰った」
「お疲れさん」
何一つ、変わったことがないかのようにかわされる言葉。
しばらく前まで、ぴくりとも動かせなかった脚。
いまは、袴のせいでその細さはよく見えないだろうが、たとえそれが分かっていたとしても、この賢者の態度は変わるまい。
あたたかく、揺るぎない心のつながりを見ると、エンチェルクも幸せになれる。
そんな武の賢者は、リリューが帰ってきていないと聞いて首を傾げた。
立場的に、息子の方が先に帰ってくると思っていたのだろうか。
「ああ、多分道場の方だろう」
キクは、何の心配をするでもなく、そう言葉にする。
「道場……」
モモが、その言葉を唇の中で止める。
爆弾で破壊されたそこは、いまや瓦礫も綺麗に取り除かれ、ただの更地となっていた。
もはや、道場と呼ぶには憚られる場所。
だが、門下生たちは、みな自然とそこへ集まって剣の稽古をしている。
「桃……暗くなるところ悪いが、レチと一緒に迎えに行ってやってくれるか?」
キクは、姪に奇妙な頼みごとをした。
モモが迎えに行くのは分かる。
しかし、レチを連れて行ってくれというのだ。
これではまるで、モモに彼女の道案内をさせたいかのようだった。
レチは、これまで道場に行ったことはないため、道が分からないのだから。
エンチェルクと同じように、つつましい位置にいた彼女は驚いている。
「分かりました」
モモは、素直に引き受ける。
「暗くなりますから、私も行きましょう」
エインが、するりとその話の乗っていた。