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来た者と行けぬ者

 ひとつ目の轟音が響き渡った時、エンチェルクは廊下へと飛び出した。


 もうもうと舞い上がる埃は、廊下に立ち込めている。


 そんな中で、激しく咳き込む音が聞こえた。


「大丈夫ですか!?」


 西側の客間には、太陽妃がいたのだ。


「え……ええ……なんとか……けほけほっ」


 掠れる声の返事に、とりあえず胸をなで下ろす。


「とりあえず、こちらへ」


 埃の中を、エンチェルクは手探りで進んだ。


 外の空気を感じるということは、外壁が壊されるほどの衝撃があったということ。


 そんなむき出しの場所に、太陽妃を置くわけにいかなかった。


 もう一度攻撃されれば、今度は建物の内部が破壊されかねない。


 伸ばした手が、太陽妃の衣服に指が触れた。


 その次の刹那。


 壁がなくなったことにより、前よりもはっきりと轟音が響き渡った。


 あっ!


 二発目だ。


 さっきの衝撃が、もう一度来るに違いない。


 エンチェルクは、ただ無我夢中で彼女の掴んだ衣服を引っ張った。


 そして。


 西を背にして、自分の身体に抱え込む。


 小さな太陽妃は、すっぽりと彼女の身体の内側におさまった。


 よかった。


 本当に、小さい方でよかった。


 こんな女の身でも、包んでお守りすることが出来るのだから。


 強烈な風が、周囲の埃と共にエンチェルクの背に迫ったのが分かった。


 ただただ、衝撃に備えた。


 なのに。


 強力な風に背を押されはしたものの。


 爆音は。


 聞こえなかった。



 ※



 強烈な風に、埃は霧散していた。


 おそるおそる顔を上げたエンチェルクは、暗い中に微かに反射する太陽妃の顔の硝子を見る。


 彼女が、自分を見上げている。


 いや。


 自分の肩の後ろを見ている。


「……飛んで来てくださったの?」


 その声は、何と言えばよかったのか。


 嬉しさと愛しさの混じった、そう、まるで少女のような響き。


「ああ……無事で何よりだ」


 エンチェルクの背では、静かな男の声が流れる。


 ここは──二階だ。


 二階の廊下。


 少し、西側は風通しが良くなってはいるが、外から新しい人間が来ることなど難しいところ。


 ということは、エンチェルクの後ろにいる御方は。


「ありがとう……私は大丈夫ですから、菊さんたちを助けてあげて下さい」


「分かったよ……ケイコ」


 ああ。


 肩越しに交わされる、優しい慈しみの会話。


 来て、下さった。


 忌まわしき満月の夜に、王宮も町をも本当に飛び越えて。


 この国の太陽が。


「妃への献身の護り……感謝する」


 その太陽が、エンチェルクの労をねぎらう。


 いいえ。


 いいえ、こんなことなど大したことでは。


 風が舞う。


 それに引っ張られるように、エンチェルクは振り返ったが──もはや、そこには誰もいなかった。



 ※



 これで、きっと何の心配もない。


 そう思っていたエンチェルクは、モモの帰還を沈痛とともに受け入れることとなった。


 港町で出会ったことのある男が、武の賢者宅の玄関へと現れたのだ。


 カラディ。


 ロジアと懇意の異国人だ。


 その男の背に背負われていたのは、モモ。


「モモ!」


 エインは、血相を変えて彼からモモを奪い返そうとする。


「全身打撲だ……そっと受け取れよ」


 不機嫌なカラディの声に、彼は一度全ての動きを止めた。


 生きていることの確認と、ひどい有様への衝撃を同時に受けたのだろう。


 ただぐったりとして気絶しているモモが屋敷に運び込まれるのを横目に、エンチェルクはそこへ留まり続けなければならなかった。


 何があったのか。


 それを、聞かなければならなかったのだ。


「ユッカスは、捕まった。魔法を使うのが、イデアメリトスだけだというのなら、おそらくそいつに……」


 生け捕り。


 ヤイクの希望通りの結末を、得たわけだ。


 だが、その代償は決して軽くはなかった。


 モモは動けないでいるし。


「キク先生は?」


 そう、彼女が戻ってきていないのだ。


「……爆弾からモモをかばった」


 カラディの言葉は、簡潔にすまされた。


 勿体ぶった言い方をしない。


 かばわれたモモがあの状態だというのならば、キクはもっとひどいことになっているということである。


 覚悟は、決められる。


 キクから習ったことだ。


 命を賭けた時から、それはいつか必ず訪れる。


 エンチェルクは、なおもまっすぐにカラディを見た。


「……ユッカスと一緒にイデアメリトスが連れて行った。その後は、知らん」


 覚悟の、ほんの一皮上に乗った言葉。


 太陽が、キクの命に尽力してくれるというのだ。


 ああ。


 エンチェルクは、つい笑ってしまった。


 カラディに奇妙な目で見られたが、気にすることはない。


 キクほどにもなると、簡単には死なせてはもらえないのだと思ったら、おかしくなってしまったのだ。


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