表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
297/329

いた者と来た者

 伯母が。


 桃の目には、それはとてもゆっくりとした動きに映った。


 伯母が、身をひねるようにして桃の方へ飛んだ。


 おかしい。


 より爆弾から遠くに逃げるなら、真後ろに飛ぶべきで。


 どうして自分に覆いかぶさるように飛んでくるのか。


 おかしいよ、伯母さま。


 今までで、一番間近で爆音が炸裂した。


 物凄い風と力に、砂粒のように吹き飛ばされる。


 全身の骨が、バラバラになったんじゃないかと思えるほどの激痛に襲われて、桃はようやく自分が生きていることを知った。


 自分の頭は、屋根からはみ出したところで止まっていた。


 桃の上に伯母が重しのように乗っていなければ、落ちていたかもしれない。


 そう、伯母が。


 あの伯母が。


 ただぐったりと、桃の上に重しになっているだけだったのだ。


「伯母……さま」


 身体中が悲鳴をあげるのに逆らって、桃は起き上がろうとした。


 伯母に触れた手から伝わる、ぬるりとした生温かい感触は、暗がりであっても何なのかくらい分かる。


「全部失うのだよ……物も、命も」


 火が、近づいてくる。


 日本刀は、握っていなかった。


 爆風に襲われた時、どこかへ手放してしまったのだ。


 伯母の刀もない。


「それとも……」


 火をくわえた口が。


 笑った。


 ニィ、と。


「それとも……我の子を産むか?」


 ユッカスが、桃の首に突きつけたのは、日本刀だった。


 暗がりでも、決して見間違わない桃の刀。


「我の子を産ませてくださいと…泣いて赦しを乞え」


 獣の神を信じる残忍な笑みは、桃を逆に冷静にさせてくれた。


 そんなこと。


「そんなこと……太陽が西から昇ったってありえない」



 ※



 喉に突きつけられる刀に力がこもった瞬間。


 桃は、ユッカスを睨み返した。


 いま、死がそこにある。


 それを、はっきりと感じた。


 ああ。


 生きなければ。


 死にたくない、ではない。


 まだ、生きなければ。


 伯母は、何故自分を庇ったのか。


 自分が、伯母より若いからだ。


 これから先の時間を、自分の方がより長く生きるからだ。


 そんな伯母の思いを、無にしてはならない。


 あきらめるのは──死んだ後でいい。


 刀を使い慣れていない相手だ。


 掌で横から切っ先を弾き飛ばせば、勝機があるかもしれない。


 たとえ、それで喉が裂けようとも、生き延びられるかもしれない。


 桃が、右手を動かそうとした。


 まさにその時。


 3つのことが、起きた。


「俺は……誰よりもお前を殺したかった。もう死ね」


 ユッカスの後ろから伸びた腕が、彼の首をがっちりと締めた。


「ぐっ!!!」


 続いて。


「……!!!」


 刀が、ユッカスの手から落ちた。


 短剣が、彼の腕に突き刺さっていた。


「やっぱり……お前がいると自由じゃない」


 もう一人、いた。


「お前……ら」


 ユッカスの側にいたのは、子どもが二人と大人が二人だったではないか。


 子どもたちは、彼の盾となり倒れた。


 残る大人二人は。


 イーザスと──カラディだった。



 ※



 イーザスとカラディ。


 祖国に忠誠はないが、ユッカスに首ねっこをおさえられていた二人が──ついに反旗を翻したのだ。


 自分の喉元から離れ、落ちた刀を桃は拾った。


 まだ、身体じゅうがバラバラになりそうなくらい痛いが、立つことは出来たし刀を構えることは出来る。


 ただ。


 その必要は、なかった。


 3つのことが起きたのだ。


 1つ目は、イーザス。


 2つ目は、カラディ。


 そして、3つ目は。


「私の都で……無法をしてくれたな」


 満月の夜空から、その声は降って来た。


 姿は、よく見えない。


 しかし、誰かが遥か高いところにいる。


「我が妻をも亡き者にしようとしてくれた礼は…命ではあがなえないぞ」


 声は、ユッカスを縛り上げた。


 イーザスに首を絞められていたことに抵抗していた身体が、石のように固く動かなくなったのだ。


「すぐに兵が来る……そこの二人は……好きにするがいい」


 夜空の声は、異国人の二人を放免してくれるつもりなのか。


「殺さなければ、後にたたる」


 だが、イーザスは抵抗のなくなった男の首から腕を緩めない。


 そんな彼の手の自由は、あっさりと奪われた。


 みな、夜空の人の仕業だろう。


「私の名の元に永遠の虜囚とする……案ずるな」


 その凛とした声に、イーザスは何か毒づいたが、自分の両手が戻ったのを確かめるように一度振ると、梯子を下りていった。


 その後を、カラディが続く。


 こちらを見たのは、分かっていた。


 だが、桃は彼に構っている余裕はなかった。


 空に向けて、彼の人に言わねばならぬことがあったのだ。


 その御方が、誰であるかなど想像するまでもなく分かっている。


 そんな人ならぬ力のある人だから、頼まねばならなかった。


「お願いします、伯母を……山本菊を助けて下さい!」


 夜空に向かって──桃は叫んでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ