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間に合わ

「子どもたちが来たわ……」


 残念そうな太陽妃の声は、桃を立ち上がらせた。


 暗い部屋の中。


 二人とも、今夜は早く休むつもりではなかった。


「ありがとうございます、太陽妃……窓際から離れて物陰へ」


 桃は、窓の外を見たが、どこに子どもがいるのかよく分からない。


 まだ随分遠くよと、太陽妃に言われた。


 夜には目立つ爆弾に使うための火を、うまく隠して来ているのだろう。


 遠いなら、迎え討つにも時間が出来る。


 今日という日に来たということは、桃たちが待ち構えていようがいまいが、どっちでもいいと考えているのか。


 それとも、先日の道場の爆破から今日まで、指折り数えて震えているとでも思っていたのか。


 今日は──満月。


 町からほとんどの人が消え、悪さをするにはもってこいの夜。


 桃は、ただ黙って人のいる部屋のノックをしていく。


 ついに、その日が来たのだと母や伯母、弟、ロジアにテテラ、レチに伝えてゆくのだ。


 最初に出てきたのはエイン。


 真剣を持たない彼の手には、木剣。


 それで十分だという。


 彼ほどの上背と力を持つ男に、木剣を振りおろされては、鈍器という意味で無事に済むはずがない。


 爆弾の性質も、何度も何度もエインが嫌がるほど説明したので、分かってくれているだろう。


 ただ、桃を憂鬱にさせることは。


 相手の多くが── 子どもであるということ。


 大人であるユッカスの仲間は、ロジアの屋敷で彼女らが倒した。


 他にいるかどうかは分からないが、今回彼は自分の子どもらを投入してきたのだ。


 覚悟を決めてくる人間に、年齢は関係ない。


 桃は、そう己に言い聞かせた。


 伯母が出てくる。


 エンチェルクが、守りに残るのだ。


「満月だが……大丈夫か?」


 伯母は、エインに一言だけ聞いた。


 意地の悪い質問だ。


「何の問題もありません」


 暗がりの中の弟の声は── 一瞬、見知らぬ男の声のように感じた。



 ※



 太陽妃は、本当に素晴らしい目を持っていた。


 実際に、子どもたちの到着を待ち構えてみて、それがよく分かったのだ。


 桃たちには、準備と心構えの時間が多く与えられ。


 そして、何より。


 彼らに、準備の時間を十分に与えなかったのだ。


 一番の原因は、火を隠すためにそれぞれが持っていなかったこと。


 火種を鉄の箱に入れ、運んでいたのだ。


 その箱を開け、一人ずつ火を取ろうとした時。


 一番年上でも10歳をこえたばかりの彼らの一部は、桃とエインによってその成長を終えることとなった。


 太陽妃がいなければ、これほど見事に爆弾の使用前を急襲することは出来なかっただろう。


 それでも最初に火をもらうことの出来た子どもたちは、己の使命を全うしようとした。


 桃とエインを爆弾で距離を取らせた隙に、一人が武の賢者の屋敷に向かって駆け出したのだ。


 追わなかった。


 その必要がなかったからだ。


 何故なら。


 そこには。


 伯母が、いたから。


 建物から、何の爆発音も聞こえてなどこなかった。


 彼らは──大敗したのだ。


 実戦投入されるには、若すぎた。


 多くの技術や力を手に入れる前に、その命を終えたのだ。


 この国にとっては、幸いだった。


 ただし。


 桃は、気を抜いてなどいない。


 まだ、何も解決していないのだ。


 諸悪の根源が、残っている。


 ユッカス!


 小さな屍の返り血を浴びた桃は、虚空を睨んだ。


 子どもたちだけを送り込み、どこかでその男があぐらをかいている姿は想像できなかった。


 きっと、そう遠くないところにいる。


 その時。


 ドォォォォン!


 都中に聞こえるほど、大きな爆音が上がった。


 振り返ったが、屋敷は無事だ。


 そう思った次の瞬間。


 ドガァァン!


 屋敷の左端が、火花と轟音をともなって──崩壊した。



 ※



 もうもうと舞い上がる埃の中。


「エイン、ここを守れ! 桃、来い!」


 伯母が飛び出して来た。


 迷うことなく全速力で走る彼女に、桃は必死でついていった。


 何があったのか。


「遠距離から撃ってきた。おそらく大砲の類だろう」


 爆弾よりも、もっと遠くから狙えるもの。


 そう、伯母は言っているのだ。


 そんなことが出来るのか。


 だとしたら、急がなければあの屋敷が全壊させられてしまう。


 中には、大切な人たちがいるのだ。


 ドォォォォン!


 二発目が爆音が響いた。


 もはや、ただ外れることを祈るしかない。


「あの屋根の上だ!」


 桃も、見つけていた。


 大砲とやらは、とにかく音が大きすぎて、何発も撃とうものならすぐに場所を特定されてしまう。


 目星をつけた家へと駆け込み、階段を駆けあがる。


 平らな屋根へと続く梯子を昇ったら。


「……」


 火をくわえた男が、いた。


 その火が、彼の顔を薄暗く照らし出している。


 斜めに入った刀傷。


 それだけは、確認できた。


「ユッカス……」


 桃は、初めてその名を、本人の前で口にしたのだ。


 彼の側には、二人の子どもと二人の大人がいた。


 火を持つのはユッカスだけだったため、他はまったく見えない。


「今夜……全部失うのだ……全部、な」


 初めて、声を聞いた気がする。


 伯母も桃も、その冷たい声の粒を日本刀で切り裂くように駆け出していた。


 爆弾を、口元の火に近づけたからだ。


 出来れば生け捕りに。


 そうヤイクには頼まれていたが、とてもそんな余裕はない。


 二人とも、一瞬も迷わずに殺す気で飛びだしていた。


 伯母は、斬った。


 桃も、斬った。


 だがそれは──ユッカスではなかった。


 二人の子どもが、己の身を挺して彼を守ったのだ。


 崩れ落ちる二人を歯牙にもかけず。


 ユッカスは、伯母と桃めがけて爆弾を放り投げ終わっていた。


 あっ。


 間に、あわ──


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