月落とし
∠
「行くか」
夜明け。
それは、今日の太陽が昇る時。
宮殿の東翼からテルが、足を踏み出す時。
正面広場には、微動だにせず兵士が立っている。
中央の宮殿から、父が出てくる。
西翼からハレも姿を現した。
本来、ハレの居住は東翼ではあるが、次代の太陽であるテルとの差を明らかにするため、そうされたようだ。
父を挟んで、兄弟二人。
兵を前に立つ。
「太陽の民たちよ……」
父の声は、兵士を鼓舞する意味では穏やかすぎた。
だが、しっかりとした土台の上に立っている安心感を得ることは出来る。
「ついにこの日が来た。この戦いを限りに、我らは夜を憂う必要はなくなる。夜は夜に過ぎず、月は月にしか過ぎぬ日が、すぐそこまで来ている。我らと我らの子孫の手に、憂いなき日々を取り戻すのだ」
父らしい言葉だ。
夜を厭わぬ妻を持ち、父はいままでの太陽とは違う道を歩む。
そして。
テルもまた、夜を厭わぬ母を持った。
ここに姿は見えないが、宮殿のどこからか、彼らのことを見ているだろう。
『心配をするのは、あなたにとって不要だろうけど心配させてちょうだい』
昨夜、母が訪ねてきて、こう言ったのだ。
静かに語る母は、畑の中にいる時よりも少し老いて見えた。
子が育つと、親は老いる。
特に、イデアメリトスの妻となった母は、寂しくても当然だ。
父も息子もほぼ時を止める中、自分だけが老いていくのだから。
そういう意味では、テルの妻はその寂しさを覚えずに済む。
遠征から帰ってきたら、我が子は産まれているだろう。
オリフレアのことを母に頼み、男は男のなすべきことをなす。
「これより、月を落としに行く!」
テルは、西翼へと視線を投げ、声を弾けさせた。
夜明け。
太陽が昇るのならば──月は沈むのだ。