表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/329

一合

 モモが、少しずつ少しずつ落ち着いていく。


 リリューは、それをただ静かに待った。


 真剣という、わずかのごまかしも効かない刃を、鞘から抜いているのだ。


 ゆっくりと呼吸をしながらも、彼は桃から目を離さずにいた。


 そうしているうちに。


 何故、母がこんなことをさせたのか、分かって来た。


 どんな実践より先に、桃に真剣に対する心構えの時間を与えたかったのだ、と。


 ヤマモト流の道場では、おいそれと帯刀は許されない。


 心が、しっかりと育たなければ、持たせないという母の信念によるものだ。


 モモは。


 心が育ちきるまでの時間が、なかった。


 それに彼女も気づいて、刀を返そうとしたのだろう。


 その時間を、いま母は作ろうとしている。


 真剣で向かい合わせるという、荒療治で。


 モモは、ヤマモト流の唯一の血を引いている娘だ。


 しかも、父に似たという上背も加味され、身体的素質もあった。


 足りないのは──覚悟。


 必要なのは、その覚悟を決める時間。


 いまはいい。


 周囲は、誰もモモを傷つけない。


 だが、旅に出れば違う。


 旅に出てからは、彼女の力が必要になることもあるだろう。


 その時に、覚悟を決める時間を作ることは出来ないかもしれない。


 逆に言えば。


 いまなら、どんなに長い時間を使ってもいいのだ。


 そう理解出来たら、リリューは肝が据わった。


 一時間でも二時間でも。


 モモに付き合おうと。


 だが、彼の従妹は、それほどの時間をかけることはなかった。


 やっと。


 やっと、道場で向かい合う時の目になった。


 リリューをきちんと映した、まっすぐな瞳。


「一合」


 母が言ったのは、一言だけ。


 呼吸が、見える。


 桃の呼吸が、自分の呼吸ときちんと重なった瞬間。


 強い手ごたえと──火花を見た。



 ※



「何を……やっている」


 その一言で、真剣勝負は終わった。


 異様な空気に誘われたのか、父が家から出てきたのだ。


 すぐさま、リリューはサダカネを鞘におさめた。


 桃も、鞘を拾ってしまいこむ。


「礼」


 しかし、母は父の登場などなかったかのように、一言でまた片づけるのだ。


 互いに頭を下げ終わったら。


 モモが、へなへなとその場にへたり込んだ。


 すっかり、腰が萎えてしまったのだろう。


「刀は……最初から魂があるものとないものがある」


 彼女は、刀を握りしめていて。


 それに語りかけるかのように、母は微笑むのだ。


「魂のない刀には……お前の魂を吹き込むんだ」


 少しは、あたたまったか?


 言葉に、モモは握りしめている自分の手を見る。


 確認するように、一度握り直す指。


「定兼は……」


 母の視線が、リリューに飛んだ。


 どきりとした。


「定兼は、私が握る前から魂があったからな……一緒に生きろ」


 まだ、しっくりなじまない指。


 母のように、自然に振れない自分を思い知った。


 この刀にとって、まだ自分は他人なのだ。


「あ……」


 へたりこんだまま、モモは母を見上げる。


 ぎゅうっと。


 その手が、強く刀を握り締める。


「あ……ありがとうございました!」


 言葉に、母は微かに笑うと、父の方へと歩いて行く。


「見世物は……終わりだぞ?」


 憮然とした男を、軽やかにかわす一言。


 父は。


 ため息をつくしかなかったようだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ