死体は選択しない
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海の底の墓標。
リリューは、その言葉とともに、水の中のことを思い出した。
ヤイクは、あれを知っている。
彼は、政治に携わる者だ。
この町のことを、既に都で調べていたのだろう。
帰都して、ほとんど時間を空けずに旅立ったというのに。
二度と、あの悲劇が起きないように。
町の人は、本当にそれを願っている。
その願いを、ロジアも守りたいと思っているに違いない。
彼女は、ジロウをもっとぎゅっと抱きしめ、小刻みに震える。
「そんなこと……そんなことあるはずが…ありませんわ」
自分に言い聞かせる言葉は、力なく。
ロジアも、分かってはいるのだ。
おそらく、彼女は出来る限り祖国の侵攻を止めようと思うだろうし、この町への被害を少なくすべく努力はするだろう。
町の人間にも、抵抗しないよう説得できるかもしれない。
だが。
この町には、駐留の兵がいる。
彼らは、たとえロジアが説得しようとも、国の兵として動くのだ。
侵攻されて、黙って見過ごすはずなどない。
再び、町が戦場になることなど、火を見るより明らかではないか。
「あなたが……侵攻しづらくなるような方策を、私に進言すればいい」
ヤイクは、最悪の景色を彼女に思い出させた後、助け舟を出した。
リリューには、決して出来ない言葉回し。
「あなたは、この町では死んだことになり伝説になるが、遠く離れてもこの町を守り続ける盾になれる」
生きて厄災の種となるか、死んだことにしてこの町を守るか。
「そ……」
ロジアが、嗚咽をもらす。
「そんな選択など……出来るわけないですわ……」
離れたくない、離れたくない、離れたくない。
全身全霊で、ロジアが抵抗するのが見える。
この町から、ひきはがされようとする身で手を伸ばし、必死に戻ろうとする。
「選択など……しなくて結構」
ヤイクは、残酷な言葉さえ選べる。
「私たちは、ただあなたの死体を都へ運ぶだけだ」
死体は選択などしない──そう言っているようにリリューには聞こえた。