とどめ
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『あの女は……死んだ方がいいかもしれんな』
ヤイクの言葉は、そういうことだった。
エンチェルクは、結局自分で答えにはたどり着くことが出来なかった。
彼女をどこかへ連れて行く、という発想がなかったのだ。
「あなたたちだけで、勝手に逃げればよくてよ。私は、この町から出ませんわ」
町から離れろと言って、はいそうですかと聞く女性とは思えなかった。
「この町は……祖国との交流口だと踏んでいるんだがな?」
彼女の隣に座り、ヤイクは薄く微笑んだ。
「こんなところにいる限り、必ず祖国に利用される。嫌だと言えば、この町や人に何をするか分からないからね」
焦げた匂いが、少しずつ増えて行く中。
ヤイクは、彼女の抱くジロウを見る。
まるでこの小さい赤子が、この町そのものであるかのような目で。
「だが、死んだとなると……話は別だ。死んだ人間は、利用しようがない。逆に言えば、この町を盾に取られることもない」
微笑みは、燭台の火に照らされて、悪人のように見える。
その通りかもしれない。
いまのヤイクは、彼女を脅しているのだ。
「それに我々は、国としてこの港町を死守する心構えもある。敵が誰であろうと、だ」
利害が決して一致しない祖国より、まだこの国の方がマシだろうと言っているのだ。
「いいえ、離れませんわ」
しかし、ロジアの答えは頑なだ。
たとえ祖国の言いなりであろうとも、この場所こそが、彼女の固執すべきところであるかのように。
「では……」
ヤイクが、焦げた匂いのせいか、かすかに顔を顰め咳払いをいくつかする。
「では……祖国が、この港町を侵攻口と決め、戦いを始めたらどうするつもりだ?」
言葉は、ロジアの動きを止めた。
情報や技術を手に入れること。
彼女たちは、そのために送り込まれたのだろう。
しかし、領土拡張のために攻め入ってくることも、考えられないことではない。
その一番恐ろしい可能性を、ヤイクは彼女に突きつけたのだ。
答えないロジアに。
ヤイクが。
「もしそうなったら、海の底の墓標を、あとどれほど増やすことになるのだろうな」
ひどい、とどめの言葉だった。