リリューの仕事
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リリューは、一番最後にその話を聞いた。
彼は、奇妙な立場であったために、一人だけ違う部屋を借りていたからだ。
ヤイクの護衛ではあったが、それは主な仕事ではなく。
母や従妹と同室になるのも、性別の壁で憚られたためだ。
説明は、モモにしてもらったが、随分と込み入った内容だった。
ヤイクの望む完璧な仕事とは、二つのことを同じ時にこなさなければならない。
しかも、相当強引なことだ。
一つは、襲撃を確実に打ち果たすこと。
敵側の核となる人間を倒すことが出来れば、個人主義の彼らは祖国を捨て、この国に散り散りになることが出来るという。
だが、それだけではヤイクは満足しない。
散り散りに全員逃がしては、駄目なのだ。
「自由になれば…カラディは姿を消すと思われているわ」
モモは、ヤイクの懸念を伝える。
そうだろう。
祖国に忠誠がないように、彼らにはこの国にも深い思いはないのだ。
だから、協力する必要などない。
国に縛られない──それこそが、彼らにとって最高の自由に違いないからだ。
だからこそ。
あの政治家は、もう一つの仕事を準備したのだ。
「その仕事は、エンチェルクが受け持つから、リリュー兄さんはヤイクルーリルヒ様の護衛をお願い」
実際。
これだけの人間がいるにも関わらず、自分で自分を守れないのは、二人だけだ。
政治家のヤイクと。
赤ん坊の、ジロウ。
「母は、ジロウを抱えて戦う気か?」
母の腕を心配しているわけではないが、赤子を守りながら戦うのはとても危険に思えた。
「うーん……それなんだけどね」
モモは、微妙な表情を浮かべて。
「安全なところに預けて来るって……」
歯切れの悪い、困惑した言葉が答えとして返された。
母は。
また、何か突飛なことをしようと思っているらしい。
※
黒い月が丸々と太った満月の夜。
みな、その夜が選ばれるだろうと、分かっていた。
リリューが敵でも、そうする。
満月の町は、静まり返る。
誰も外へは出ようとしない夜は、悪さをするにはうってつけだ。
リリューは、最初からヤイクの部屋にいた。
昼間にたっぷり眠っていた貴族は、ぴくりと反応した彼の動きを見る。
リリューは、廊下に人気がなくなってからずっと、部屋の扉を開け放していた。
穏やかに流れていた気が、いまたわんだのだ。
すっと廊下に出ると。
母の部屋からも、半身が出ていた。
背格好からしてモモだろう。
今回。
リリューの最大の仕事は、無防備なヤイクを守ること。
彼から離れてはならない。
代わりに。
母とモモが、最前線で立つことになる。
何の心配もいらない。
定兼を持たずとも、母の腕が翳ることはなく、実戦を踏んできたモモについても、心配するのは失礼な話だろう。
ただ。
この世界の流れを、変えることが出来る男の数と変わらぬほど、女もいるのだと。
母や伯母や従妹、エンチェルクを見ると思えてならない。
リリューは入口から戻り、窓辺へと移動する。
次の刹那。
同時にいくつもの硝子が、砕け散る音が響き渡った。
一人だなんて、思ってもいない。
お行儀よく、みな玄関から入ってくるとも、思ってもいない。
部屋の場所は、全て相手は熟知済みで、奇襲から挟み打ちにかけられることなど、想定済みだった。
窓から飛びこむ四つの影を、リリューは即座に八つに分けた。
どこからも。
悲鳴ひとつ──聞こえなかった。




