何を斬るか
∞
リリューと、向き合う。
お互いに、真剣を構えて。
桃は、まだ怖いままだった。
「リリュー……」
伯母が、彼女の息子を呼ぶ。
少し、咎める瞳だった。
それまで、リリューには迷いがあった。
抜いて構えてはいるけれども、桃に刃を向けることを望んではいなかったのだろう。
だが、伯母の言葉は、リリューの瞳を変えた。
覚悟を。
覚悟を決めさせたのだ。
きちんと、桃に向き合うのだ、と。
そのまっすぐな瞳と刃の切っ先が、自分に向けられる。
伯母が、何を自分にさせたいのか分からない。
桃は、まだ戸惑ったまま。
迷ったまま。
リリューは、動かない。
伯母ももう、何も言わない。
このまま、きっと時間は動かないのだ。
桃自身が、覚悟を決めるまで、この親子は根気強く待ち続けるのだろう。
リリューの粘り強さは、よく分かっている。
子供の頃から、この従兄はひたすらに木剣を振った。
誰よりも長く、誰よりも多く。
『ダイに似たんだよ』
伯母が、そんなことを言っていた。
似るって。
桃は、その時よく分からなかった。
リリューは、二人の本当の子ではない。
なのに、似ることなんかあるのだろうか。
でも。
覚悟を持って構えているその姿は。
伯母に、とてもよく似ていた。
※
決める覚悟とは、何だろう。
桃は、刀を握っているだけで、そんなことを考えていた。
リリューを斬る覚悟、ということなのか。
そんな覚悟、決められるはずがない。
『キクは……戦い方ではなく、戦うための心を教えているはずだ』
トーの言葉が、よみがえる。
桃も、ちゃんと教えられているはずなのだ。
彼女だって、一生懸命剣術を学んだのである。
だが、剣術よりも別に目的があったこともまた、確かだった。
強くなれば、旅に出られる日がいつか必ず来ると。
だから、本当に学ばなければならなかったところを、桃はきっと身につけそこねたのだ。
伯母を見た。
伯母は、穏やかに自分を見ている。
力の抜けた、しかし、決して緩んではいない自然な身体。
ああ、そう。
そういう形。
ふぅと、息をつく。
刀の柄を握り直す。
一度、目を閉じる。
ゆっくりと、開く。
我慢強い従兄は、ブレひとつない姿でそこにいる。
相手を、きちんと見る。
リリューの、目を見る。
静かな、しかし芯のある瞳。
『心を細くまっすぐに』
伯母の言葉が、ひとつひとつ戻ってくる。
斬り結ぶ前に、目の前の相手をきちんと見る。
そして。
何を斬るか決め、それを貫く。
命を、身体を──あるいは、己自身を。
そっか。
桃は、ようやく分かった。
私は。
私を斬らなきゃいけないんだ。