対決
∞
一発目を、桃は何とか避けた。
突然、イーザスが素早い拳を繰り出してきたのだ。
脅しではない。
本気で。
本気で!?
ここは、町中だ。
人通りが、そう多くないところとは言え、それでもすぐ向こうから人が歩いてくる。
そんなところで、彼は容赦ない一発目を繰り出した。
普通の女性であったなら、一瞬でふた目と見られない顔にされていただろう。
よけられて、イーザスの目の色が変わる。
「さっさと倒れろ」
ドス黒い気を、まきちらしながら彼は足を踏み出した──と思いきや、その足を軸にもう片足を振り出した。
とびのく。
直情すぎる。
桃は、背筋に冷や汗を感じた。
年齢の割に、後先考えなさすぎるのだ。
彼らの様子を目撃した人が、走って逃げて行った。
兵士を呼ばれるのも、時間の問題だろう。
それまで、自分が無事でいられるかどうか。
すぅっと息をひとつついて、桃は刀を抜いた。
手の中で、反回転させる。
こんな町の中で、人の身を真っ二つにする訳にはいかない。
それに。
この男が死ねば。
テテラが、悲しむと思った。
政治的な意味での生死については、自分が考えるところではない。
いまこの場で、自分が信じる行動を取る。
踏み込んで来る。
峰を振り出す。
「イーザス!」
誰かが呼んだ。
「モモ!」
誰かが呼んだ。
「……!」
桃の振り出した峰を、イーザスはおそれなかった。
簡単に左腕で、それを受け止めたのだ。
馬鹿のやること。
刃だったなら既に腕はない。
峰であっても、鉄のこん棒で殴られるようなものなのだ。
骨が無事で済むはずもない。
この男は、あっさり左腕を捨て──右の拳を打ち出した。
※
覚悟って痛い。
桃は、腹部に激しい衝撃を受け、気がついたら吹っ飛ばされていた。
昔から、伯母の覚悟は必ず痛いものだった。
痛みを、恐れることが良くないのではない。
恐れるせいで、痛みを避けるようになることが良くないのだ。
そんな彼女の教えを思い出しながら、桃は空を見た。
この瞬間の、覚悟の度合いで言えば、自分は負けたのだ。
そして。
空を見ながら、背中から道に落ちた。
「イーザス!」
追撃を止める、男の声。
「モモ!」
自分に駆け寄る女の声。
ああ。
空を遮るように、人の顔が現れた。
「久しぶり……エンチェルク」
激しい痛みを感じる腹部と背中をそのままに、桃はつい笑ってしまった。
「そんな悠長な事態じゃないでしょう!?」
やっぱり怒られた。
痛みで、うまく苦笑も出来ないまま、桃は助け起こされる。
そして、ようやく状況を見た。
イーザスをおさえつけているカラディと。
その二人に、微動だにせず対峙している──リリュー。
遠巻きに、面倒くさそうな目で見ているヤイク。
ついに、彼らが港町に入ったのだ。
「リリュー兄さん、大丈夫だから……」
最後まで手放さなかった刀を、何とか鞘に戻しながら、彼を制する。
「揃いも揃ってニホントウか」
イーザスは、吐き捨てるように言った。
「やめとけ、イーザス……テテラを呼んでくるぞ」
そんな野獣を、カラディは苦悶の表情で止めるのだ。
テテラの名前が効いたのか、不承不承、男は拳を下ろした。
「エンチェルク……彼らよ」
桃は、まだうまく息が出来ないまま、小さくそう彼女に言った。
そう言えば──分かってくれるはずだった。