召使い
#
鉄門が、開け放たれたままだった。
リリューは、正門から駆け込み、そのまま屋敷へと向かった。
二階西側の部屋が、屋根の一部に穴を開けて黒煙を噴き上げる。
玄関口に、男が倒れている。
既に──息はないだろう。
それほどの、血だまりだった。
この屋敷の使用人らしい人間の死体が、二階の階段までぽつぽつと倒れている。
リリューは、ただ駆け登った。
「離せ! 離せこのアマ!」
男の怒号が、響き渡る。
西側の奥。
さまざまなものが焦げる匂いの中、女の悲鳴があがる。
ゆらゆらと揺れる、扉の中に駆けこんで見たものは。
多くの男たちが焦げ、あるいは焦げかけてのたうっている山と。
身体の半分を焦がした男が、振り上げようとする剣。
月の、剣だった。
そして、その剣に血まみれでしがみつく──女。
「お逃げ下さい……お逃げください……」
息も絶え絶えに、血が流れ続ける両腕と胸で剣を抱きかかえ、女は声を絞り出す。
その声を聞くべき人間は。
奥の壁を背に。
倒れたまま。
次の一歩目で、リリューは剣を抜いていた。
一瞬で、意識を静謐の淵に立たせ、それから大きく四歩で間合いを詰める。
「離しやが……」
引きはがせない女を、蹴りつけようとした男の足は、振り子のように反対側に一度振れ──下半身だけで倒れた。
その上に。
上半身が、ゴトリと落ちる。
「お逃げ……お逃げください……」
痛みで、何も分からなくなっているというのに、女は落ちた剣にまだしがみついたまま、うわごとのように繰り返す。
リリューは、ここの女主人であるオリフレアを見た。
真っ青な顔で気を失ってはいるが、無事なようだ。
彼は、血まみれの女から剣をひきはがす。
「主は大丈夫だ……よくやった」
母と変わらないくらいの年の女は、それでもなお「お逃げください」と、朦朧と繰り返すばかりだった。