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いとこ

「キクなら、私の屋敷に滞在していますわ」


 あっさり。


 ロジアは、桃が飛び降りてしまう前に、さっさと伯母の居場所を白状した。


「これで…飛び降りる気は失せたでしょう?」


 をほほほほ。


 に、苦手だなぁ。


 桃は、いやな汗を浮かべながら、彼女を見た。


 伯母は、一体どういう風にロジアと付き合っているのか。


 まあ、伯母のことだから、我が道をゆくがままなのだろう。


 そして、それをこの女性も、さして気にしていないというところか。


 扇は開かれ、無意識に自分の顔半分を隠すように動く。


 きっと、彼女の癖なのだ。


 それは、桃にも分かる。


 火傷の跡を隠したいという、女心の現れか。


 だが、少なくとも今は、それほど気にしているようには思えない。


 でなければ、何がなんでも隠し続けるだろうから。


「この跡が…気になりますの?」


 じっと見たわけではない。


 おそらく、そう聞かれ慣れ過ぎているのだ。


 彼女の心の中では、初対面の人間は、全てこの火傷を気にしていると思っているのか。


「ええ、気になります」


 だから、桃は肯定した。


「それは…二十年前くらいの、あの事件の傷ですか?」


 気にしているのは──こちらの意味で。


 扇の動きが。


 一度、完全に止まった。


「あのキクの姪ですもの…遠く離れたこの地の悲劇も、知っていて当然ですわね」


 はぁ。


 ため息は、後悔の色が深い。


「あの時の私は、ほんの十たらず…そして…愚かなことに浮かれていたのですわ」


 何を、言っているのか。


 桃には、まったく理解できなかったが──その時に出来た火傷であることだけは、間違いないようだった。



 ※



 荷馬車は、潮の香りのする町へ入る。


 人々が、その瀟洒な荷馬車が誰のものであるかを知っているかのように振り返るのだ。


 憧れの瞳で。


 まだ、桃はロジアが何者であるか分かっていない。


 しかし、町の人間からは好かれているようだ。


「さあ…着きましてよ」


 屋敷に入る。


 思ったよりは、小さな屋敷だ。


 少なくとも、領主宅には見えない。


「ここは…私の家。主は私だから、遠慮はいらなくてよ」


 不思議な表現で、彼女は桃を屋敷へといざなう。


 彼女の趣味が、随所に現れた洒落た装飾。


「ありがとうございます…早速ですが、伯母に会わせていただけますか?」


 それらを楽しく眺める余裕は、桃にはまだない。


 気を抜くと、丸呑みにされそうな気配が、ロジアにはある。


 最強の味方である伯母に、早く会いたかった。


「案内しておあげなさい」


 彼女は、今度は勿体つけることなく、側仕えの女性に指示を出す。


 二階へと、案内される。


 扉の前。


 側仕えはノッカーを鳴らし、「お客様をご案内しました」と告げる。


 そして。


 扉が。


 開く。


「ああ…桃か。旅から帰った早々、すまないな」


 伯母が、ソファのひじ掛けに腰かけて、こちらを見ていた。


 片腕で、何とも軽そうに赤ん坊を抱え──乳をあげている。


 伯母は、元気そうだった。


 赤ん坊も、何も心配はいらないようだ。


 その姿に、心の底からほっとした。


「伯母さま、ご出産おめでとうございます」


 初めて、身内として祝いの言葉を言う。


 桃が、その代表として来たのだ。


「ありがとう。お前の従弟だ…仲良くしてやってくれ」


 従弟。


 それは──男の子ということ。



 ※



「次郎だ。正式には、帰ったらダイがつけるだろうから…一時的な呼び名だがな」


 首がすわったばかりという黒髪の赤ん坊を、桃は抱かせてもらった。


「次郎?」


 日本の言葉だろう。


 桃は、その聞き慣れない音の意味は、よく分からなかった。


「日本で、二番目の息子という意味だ」


 さらりと。


 本当に、伯母はさらりとそんなことを言う人なのだ。


 一番目の息子は、リリューがいるから。


 この子は、二番目の息子なのだと。


 当たり前のことを、本当に当たり前にやってのける人。


 時として、それが難しいこともあるというのに。


「そう、次郎…よろしくね」


 ぷくぷくの頬を見て、桃の表情も緩んでしまう。


「桃が来てくれたなら…一緒に都に戻れるな」


 助かった。


 伯母は、正直にそう言う。


「乳をやりながら、刀は抜けないからな…困っていた」


 ああ。


 彼女の言い分を聞きながら、桃は苦笑していた。


 そういう意味の「動けない」ね、と。


 実に、伯母らしい理由だ。


 桃が一緒ならば、少なくとも片方は剣を抜ける。


 そういう意味では、確かに旅は出来そうだ。


「その前に、少し時間をもらっていいですか? 頼まれたことがあって」


 すぐに、彼女と次郎を都へ連れて行きたい気持ちはあるが、桃には一つ仕事があった。


 伯母は、視線だけで続きを促す。


「二十年前のあの襲撃事件で、本当に起きたことを、殿下が少し調べて欲しいと」


 小声で、そして静かに桃はそれを伝えた。


 伯母はまさに、その現場にいたのだ。


 テルの意図としては、彼女の記憶にあるものも聞いてこい、ということなのだろう。


「今更、二十年前の何が知りたいと?」


「本当に、襲撃だけが目的だったのか、と」


 桃と伯母の視線が、まっすぐにぶつかって── 一瞬止まった。

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