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粘着

 粘着カラディ。


 桃は、心の中で男にあだ名をつけた。


 この男は、何とか引きはがそうとしても、しつこくしつこく桃についてきたのだ。


 父は、領主だ。


 前に話をした時、領地である町によく顔を出していると言っていたので、多くの人が父の顔を知っているだろう。


 この男が、旅の途中で父を見たり、もしくは珍しい何かを持って父を訪問したことがあってもおかしくはないだろう。


 父は、桃と親子関係であることを、誰にでも話していいと言った。


 しかし、うさんくさい人間に、わざわざ話す必要はない。


 それ以前に、いまの桃は、カラディにとって──エンチェルなのだ。


 何だろう。


 まだ、ひっかかる。


 基本の疑いの他に、何か気づかなければならないことがあるはず。


 その気持ち悪さと、カラディそのものの粘着っぷりの気持ち悪さに、桃はすっかり疲れてしまった。


 大きなマントのおかげで、まだ腰の日本刀は見られていないが、このまま一緒にいると気づかれるのも時間の問題だろう。


 珍しい刀だけに、またこの男の興味をひいて、話をふくらます口実を与えかねない。


「本当にエンチェルは、箱入りなんだな……誰か護衛についてきてもらうべきじゃないのか?」


 この男は、何かとなれなれしく触ろうとする。


 本人にとっては、気軽な肩をぽんと叩く仕草なのだろうが、警戒している相手に触れられるのは、桃にとっては気持ちのいいことではない。


 ああもう、どうしよう。


 本当に敵と確認できるまで冷徹に振舞うことが出来ず、彼女はどうしたらいいか分からなかった。


 その次の瞬間。


 風と──影が動いた。


 バサァッ!!!


 大きな大きな羽音がしたかと思うと。


「うわっぷ!」


 カラディは、大きく桃から飛びのいたのだ。


 急降下してきた鳥が、彼の鼻先を掠めたのである。


「ソーさん!」


 再び上空へと戻る鳥に、桃はつい嬉しくなって呼んでしまった。


 彼女を助けてくれたように思えたのだ。


「あ、ああ……なるほど……護衛はちゃんといるわけね」


 カラディは、あきれたように空を見上げたのだった。



 ※



「尾長鷲か……」


 カラディは空を見上げて呟いた。


「尾長鷲?」


 その名前が余りに奇妙で、桃は首を傾げる。


 ソーのことを言っているのだろうか。


「全然、尾は長くないですけど」


 空では、ソーが大きく円を描いていた。


「それは、あれがオスだからだよ。尾が長くて美しい色をしているのはメスでね。メスは、めったに森から出ない」


 動物の調査をしていると言ったことを裏付けるように、彼はなめらかに鷲の特徴について説明をする。


「オスは森を渡り歩き、美しい伴侶を探す旅をする。一生出会えないこともある。浪漫的だろう?」


 ああ。


 それが言いたかっただけね。


 桃は、ささっとよけた。


 カラディが、肩を抱こうとしたからだ。


 ついさっき、ソーに警告されたというのに、さっぱり懲りていない。


「箱入りにしてはカンがいいし、素早いなあ……エンチェルは」


 疑いに、ひとつひとつ言い訳しては、かえってボロが出るだけだ。


 桃は、ざくざくと歩き続けた。


「尾長鷲のメスは、あまりに羽根が美しいからね……気をつけないと、そこらの学のない農民でさえ捕まえて殺す。羽をむしって貴族に売るのさ」


 彼女のつれなさには、すっかり慣れてしまったようで、カラディはソーの仲間について語り出す。


 その言葉に。


 ほんのひとかけらの、悪意を感じた。


「あなたも、きっと殺すんでしょうね」


 その悪意を、桃は踏んだ。


 踏まれてなお、カラディは笑う。


「まさか……貴重なメスを1羽殺すより、人間の手で繁殖させて増やす方法を考えてる」


 その笑顔が、さらなる悪意のかけらを落とす。


 そうか。


 繁殖させて増やして売ると、そちらの方が金になると──この男は言っているのだ。



 ※



 伯母は、ことわりを教えてくれた。


 理、というものを。


 その中心に、「金」や「物」などの欲を置くことは、理ではないと自然に習ったのだ。


 欲は、人を高めない。


 そう伯母は、言葉以外で教えてくれたのだ。


 そんな理を持つ人々が、桃の周りには沢山いて。


 いまにして思えば、ホックスでさえ、旅の終わりには勉強への欲以外の理が、確かに芽生えていた。


「稼いだお金は……何かに使うんですか?」


 金や物は、ただの手段に過ぎない。


「好きに生きるのに使うのさ。いいだろ? 俺の稼ぐ金を俺が好きに使ったって」


 だが。


 それを、目的にしたら──理と決別だ。


 桃は、にこりと笑った。


 母のように、微笑みたいと思ったのだ。


 要するに。


 限界だった。


「私とあなたは、決して相容れないでしょう。さようなら、カラディアエブリム」


 親しい友人のように、彼の名を呼ぶことは、もはや決してない。


「ちょっ……」


 慌てて延ばされようとした手を。


 桃は、ピシャリと払った。


 これまでは全てよけたが、ここで初めてカラディに触れたのだ。


 決別のために。


 驚く彼を置き去りに、彼女は早足で歩き始めた。


 ピューイ。


 ソーが鳴く。


 この相棒が、尾長鷲であることを教えてくれたことだけが──カラディに出会って良かったことだった。



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