表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
204/329

東へ

「ハレイルーシュリクスは、お元気でしたか?」


 コーは。


 表情と言葉が食い違っている。


 母は、彼女の情緒を抑えようという気はなかったらしい。


 だから、どれほど言葉は綺麗になってきても、弾けるような笑顔と好奇心の瞳に陰りはなかった。


「ええ……でも、コーに会えなくて残念がっていらっしゃったわよ」


 言葉に、彼女は嬉しそうだった。


 にこにこの度合いが、更に増しているのだ。


 会いたがっている。


 そう思われていることを、純粋に喜んでいるのだろう。


「桃は、次はいつハレイルーシュリクスのところへ行きますか? 私も一緒に行きたいです」


 感情がふわっと浮いたようで、言葉の気配も浮く。


「コー……私は旅に出なきゃ行けなくなったの。だから、しばらく殿下のところへは行けないのよ」


 言葉が進むごとに、浮きかけた表情から空気が抜けてゆく。


 しょんぼり。


「でも、エンチェルクが、時々行くはずだから、その時に一緒に連れて行ってもらうといいね」


 その表情が、またふわーっと浮いて行く。


「分かりました。エンチェルクイーヌルトにお願いしてみます」


 言葉と表情の格差のすさまじさは、桃を笑わせてしまいそうなほど。


 母も、もうちょっと柔らかい言葉で、止めてあげればいいものを。


「桃の旅は、一人で大丈夫ですか?」


 その言葉が、ふっと自分のために投げられて、桃は慌てた。


 まさか、心配をされるとは、思ってもみなかったのだ。


「大丈夫よ、伯母さまのお手伝いに行くだけだから」


 桃の説明に、コーの表情が微妙に曇る。


「本当に……それだけですか?」


 言葉の中に、コーはどれほどのものを汲みとっているのか。


「お仕事も、ひとつ頼まれたわ。昔の話を聞いてくるお仕事よ」


 嘘をつかなくていいように、桃は出来るだけ分かりやすい言葉を使った。


 リリューの人生を変えた事件のことだけに、彼女にとっても多少思うところはある。


「一人で大丈夫……これは、私のお仕事だから」


 代わりに、桃ははっきりと彼女にそう言いきったのだ。


「分かりました」


 コーは。


 にこにこと笑った。



 ※



「よし」


 桃は、旅の準備を整えた。


 ハレ達との旅の間、こまごまとしたことは彼女の仕事で。


 そのおかげもあって、旅に必要な荷物、携帯食料についての知識は、既に自分の感覚の一部となっていた。


 通過する街道、町の数、距離。


 全てを頭に叩き込み、桃は家を出ることにしたのだ。


 残るのは、母とコーとエンチェルク。


 人を少しずつ変えるものの、この家はまた女三人になるのだ。


「菊の所在は、町の名前までしか分からないけれど……まあ、誰なりと知っているでしょう」


 母も、その点についてはさして心配はしていないらしい。


 伯母のトレードマークは、山本家に伝わる日本刀だった。


 しかし、それは今はリリューに受け継がれている。


 丸腰を心配して、鍛冶屋の門下生が新しい刀を伯母に届けたという。


 新しい刀の伯母。


 刀を腰にさげ、子を産んだ女性。


 そのふたつの要素があれば、探すのは難しくないように思えた。


「無茶はなさらないように」


 エンチェルクからは、心配の言葉を。


 ただ、伯母の手伝いに行くだけではないと、知っているからだ。


 桃も、その点については、詳しく話を聞いている。


 テルたちが、ひどく気にかけている20年前の事件。


 本当であれば、リリューが行きたかっただろう。


 伯母の見舞いも、弟妹との初顔合わせも、そして自分の過去も。


 だが、リリューは必ず来る。


 彼の仕事が終わったら、きっと来ると桃は疑っていなかった。


「気をつけて、いってらっしゃいませ」


 コーが、まるで夫を送り出すかのように丁寧な言葉をかけてくれる。


 笑ってしまいそうになるのを、やっぱりこらえる。


「気をつけて行ってきます」


 そんな女性三人に手を振って。


 桃は、東へと旅立ったのっだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ