東の虫
∠
「ちょうどよかったから、モモに仕事を頼んだ」
テルは、運命という言葉は嫌いではなかった。
その運命とやらの上に、あぐらをかく人間は、大嫌いだったが。
「モモの行き先は……東の第一港だ」
目の前のハレが、多少気力を失っているのは、彼にも見て取れる。
だが、そんなことを気遣っている暇はないし、そこまでお優しい弟ではなかった。
命に関わらないことであれば、自力で何とかしろ。
同じ男で、同じ母親の腹から出てきたからこそ、テルはそう思っている。
「東の……第一港?」
ハレは、かみ締めるようにそれを反芻した。
この国は南北にも長い。
そのため、東の港といっても、それなりの数はあるのだ。
第一と言ったのは、港の規模。
とは言うものの、貿易で栄えているわけではない。
兵士が多数駐留し、この国の数少ない造船所があり、魚のあがる港がある。
そして──二十年前の事件のあった町でもあった。
そこに、武の賢者の妻、キクが滞在しているという。
母よりは若いはずだが、それなりの年齢の彼女は、そこで一人で子を産んだのだ。
賢者の妻であれば贅沢もできるし、その子ともなれば、乳母を雇うなり警護をつけるなり、いかようにも出来はする。
しかし、そんなことを賢者もキクも、やろうとはしなかった。
ただ、姪のモモが手伝いに行くだけ。
キクのひととなりを知っているテルにしてみれば、納得のいく流れだった。
彼女にとって、賢者夫人という地位などどうでもよく、それどころか賢者自身も同じように思っているのだろう。
賢者としての責務は、しっかりと果たすが、それにより生まれる利益になど、見向きもしない。
そんな二人だったからこそ、あの港町で生まれたリリューは、息子になったのだ。
キクが、かの港町にいる。
モモも、そこへ向かう。
その事は、テルにとっては良い運命だと思えた。
「モモに……その港町で二十年前の事件について、調べてもらうことにした」
報告書には載っていない真実を、暴いてもらうために。
虫は──本当に入ったのか。