光の中で
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「私は……母と肌の色が違う。父とも違う」
リリューの母も父も、言葉はそう多くない。
必然的に彼も、多くの言葉を必要としなかった。
そこには空気があって。
その空気が、リリューに人の気持ちを伝えてくれたからだ。
だが、いま目の前にいる彼女からは、何も伝わってこない。
その真意が、何なのか。
嘘つき。
彼女の言葉に、迷いはなかった。
故郷を出てなお、故郷の色を残す自分が嫌いなのだ。
誰ひとりと、彼女のその色を受け入れなかったからか。
「私は、両親の本当の子じゃない」
それは――悲劇の言葉じゃない。
ただの、事実。
「父は言った。この肌の色は、故郷が私を覚えてくれている証拠なのだと」
話しながら、リリューは思った。
いつか。
そう遠くないいつか、故郷に行こう。
自分の血が覚えている海を、見に行くのだ。
「私は……その故郷の色が嫌いなのよ」
彼女は、怪訝な声を返す。
リリューの意図が、分からないのだ。
そんなこと。
自分にだって分からない。
ただ、彼女の色が故郷特有のものなら、リリューのもそう。
その色が、周囲に受け入れられたかどうか。
違いは、それだけ。
「私の周りは、色でとやかく言う人間などいない」
この家のバカ息子の言葉が、どれほど彼女を傷つけたかは分からなかった。
だが、そんな人間ばかりではない。
世界は、広い。
その広さをまだ──彼女は、知らないのだ。
※
「あなたの肌の色は……おかしくないわ」
太陽の下で見たリリューを、彼女は思い出すように言う。
「太陽に愛されたって色を、してるでしょう?」
そう語る、彼女の顔はぼんやりと白く見える。
太陽に近ければ近いほど黒くなっていくというのならば、太陽から離れれば離れるほど白くなるのだろう。
彼女は、きっと色が白いのだ。
白い肌に、灰色の髪、ぽっちゃりとした身体。
ゆっくりゆっくりと、彼の頭の中に『彼女』というものが組み上がっていく。
自分の色を嫌い、そして自分が太陽に愛されていないと思っている。
見ないままでは。
彼女を見ないままでは、どんな言葉を弄したところで、両断されるだけだろう。
「……行こう」
リリューは、立ち上がった。
腰に、刀を戻す。
「え?」
意味が分からず、驚いている彼女の手首を掴んで、『そこ』から立たせる。
彼女をまぎれさせる、夜の居場所。
色を隠すには、夜は最適だ。
彼女は、だから夜に逃げる。
歪んだ意味で、夜を愛する人。
リリューは、そんな彼女を屋敷へと引っ張って行った。
大きな声を出せば、すぐに何事かと、人が来てしまう領主の屋敷。
「ちょ、ちょっと」
彼女は一生懸命声を抑えながら、リリューに引きずられて行った。
屋敷の中には。
灯りがある。
燭台が燃えているのだ。
その光の輪が、足元に迫った時。
彼女は、強い力で足を止めた。
振り返る。
こわばった彼女がいた。
「大丈夫……」
リリューが言うと。
「大丈夫じゃない……」
彼女が──震えた。
※
晩餐も終わった後の時間だ。
一階の、裏庭に続く入口に、人などいない。
ただ、蝋燭が小さな灯りをともして、ジジジと鳴いているだけ。
「お、お願い……離して」
あかりを脅える彼女の言葉は、震えている。
恐れている。
何を?
この屋敷の人間になら、既にその姿を見られているはずだ。
今更、恐れることなどない。
いま彼女が恐れているのは──リリュー。
彼に、その姿を見られることを、怖がっているのだ。
何故?
それは。
それは、リリューに姿を見られて、落胆されたくないから。
何故?
ああ。
やっと、分かった。
これまで、彼女が何を言わんとしていたのか。
私は醜いの。
見たいと思わないで。
あなたに。
嫌われたくないの。
リリューは── 一瞬だけ腕を緩めた直後、ぐいーっと彼女の手を引っ張った。
離されるかと安心しかけた身体は。
いともあっさりと、燭台の光の中に引き込まれたのだ。
「あっ……」
暗いオレンジの光の中に、彼女が現れる。
オレンジと黒で出来た顔は、彼女の色がとても白い証拠。
白いからこそ、燭台の色と影にくっきりと染められてしまうのだ。
丸っこい鼻にうっすらと残るそばかす。
雪も色を奪えなかった、黒の強い大きな瞳。
野猪の子のようだ。
ぷにぷにの頬の色が他と同じオレンジではないのは、赤くなっているからか。
そして。
彼女が一番嫌う、灰色の髪。
「……何色でもいい」
光の中で、リリューはその言葉をもう一度言った。