表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
186/329

光の中で

「私は……母と肌の色が違う。父とも違う」


 リリューの母も父も、言葉はそう多くない。


 必然的に彼も、多くの言葉を必要としなかった。


 そこには空気があって。


 その空気が、リリューに人の気持ちを伝えてくれたからだ。


 だが、いま目の前にいる彼女からは、何も伝わってこない。


 その真意が、何なのか。


 嘘つき。


 彼女の言葉に、迷いはなかった。


 故郷を出てなお、故郷の色を残す自分が嫌いなのだ。


 誰ひとりと、彼女のその色を受け入れなかったからか。


「私は、両親の本当の子じゃない」


 それは――悲劇の言葉じゃない。


 ただの、事実。


「父は言った。この肌の色は、故郷が私を覚えてくれている証拠なのだと」


 話しながら、リリューは思った。


 いつか。


 そう遠くないいつか、故郷に行こう。


 自分の血が覚えている海を、見に行くのだ。


「私は……その故郷の色が嫌いなのよ」


 彼女は、怪訝な声を返す。


 リリューの意図が、分からないのだ。


 そんなこと。


 自分にだって分からない。


 ただ、彼女の色が故郷特有のものなら、リリューのもそう。


 その色が、周囲に受け入れられたかどうか。


 違いは、それだけ。


「私の周りは、色でとやかく言う人間などいない」


 この家のバカ息子の言葉が、どれほど彼女を傷つけたかは分からなかった。


 だが、そんな人間ばかりではない。


 世界は、広い。


 その広さをまだ──彼女は、知らないのだ。



 ※



「あなたの肌の色は……おかしくないわ」


 太陽の下で見たリリューを、彼女は思い出すように言う。


「太陽に愛されたって色を、してるでしょう?」


 そう語る、彼女の顔はぼんやりと白く見える。


 太陽に近ければ近いほど黒くなっていくというのならば、太陽から離れれば離れるほど白くなるのだろう。


 彼女は、きっと色が白いのだ。


 白い肌に、灰色の髪、ぽっちゃりとした身体。


 ゆっくりゆっくりと、彼の頭の中に『彼女』というものが組み上がっていく。


 自分の色を嫌い、そして自分が太陽に愛されていないと思っている。


 見ないままでは。


 彼女を見ないままでは、どんな言葉を弄したところで、両断されるだけだろう。


「……行こう」


 リリューは、立ち上がった。


 腰に、刀を戻す。


「え?」


 意味が分からず、驚いている彼女の手首を掴んで、『そこ』から立たせる。


 彼女をまぎれさせる、夜の居場所。


 色を隠すには、夜は最適だ。


 彼女は、だから夜に逃げる。


 歪んだ意味で、夜を愛する人。


 リリューは、そんな彼女を屋敷へと引っ張って行った。


 大きな声を出せば、すぐに何事かと、人が来てしまう領主の屋敷。


「ちょ、ちょっと」


 彼女は一生懸命声を抑えながら、リリューに引きずられて行った。


 屋敷の中には。


 灯りがある。


 燭台が燃えているのだ。


 その光の輪が、足元に迫った時。


 彼女は、強い力で足を止めた。


 振り返る。


 こわばった彼女がいた。


「大丈夫……」


 リリューが言うと。


「大丈夫じゃない……」


 彼女が──震えた。



 ※



 晩餐も終わった後の時間だ。


 一階の、裏庭に続く入口に、人などいない。


 ただ、蝋燭が小さな灯りをともして、ジジジと鳴いているだけ。


「お、お願い……離して」


 あかりを脅える彼女の言葉は、震えている。


 恐れている。


 何を?


 この屋敷の人間になら、既にその姿を見られているはずだ。


 今更、恐れることなどない。


 いま彼女が恐れているのは──リリュー。


 彼に、その姿を見られることを、怖がっているのだ。


 何故?


 それは。


 それは、リリューに姿を見られて、落胆されたくないから。


 何故?


 ああ。


 やっと、分かった。


 これまで、彼女が何を言わんとしていたのか。


 私は醜いの。


 見たいと思わないで。


 あなたに。


 嫌われたくないの。


 リリューは── 一瞬だけ腕を緩めた直後、ぐいーっと彼女の手を引っ張った。


 離されるかと安心しかけた身体は。


 いともあっさりと、燭台の光の中に引き込まれたのだ。


「あっ……」


 暗いオレンジの光の中に、彼女が現れる。


 オレンジと黒で出来た顔は、彼女の色がとても白い証拠。


 白いからこそ、燭台の色と影にくっきりと染められてしまうのだ。


 丸っこい鼻にうっすらと残るそばかす。


 雪も色を奪えなかった、黒の強い大きな瞳。


 野猪のじしの子のようだ。


 ぷにぷにの頬の色が他と同じオレンジではないのは、赤くなっているからか。


 そして。


 彼女が一番嫌う、灰色の髪。


「……何色でもいい」


 光の中で、リリューはその言葉をもう一度言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ