桃とエイン
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父とリリューの稽古姿は、男らしい力のこもったものだった。
この姿を見ると、桃も少しうらやましくなるのだ。
もし自分が男だったなら、いま父と木剣を交わしていたのは自分だったかもしれない。
どちらも手を抜かず、だが、しかと相手を見すえて剣を交える。
男というものは、強いものに憧れずにはいられないのだろうか。
エインは、すっかり二人の剣技に見惚れているようだった。
「彼より……強いんだろう? 君の伯母上は」
そう問われて、桃は首を傾げた。
何を持って、強いといえばいいのか。
純粋な筋力だけを言えば、リリューの方が上だ。
技も、そう遜色がない気がする。
肝も座っている。
違いがあるとすれば。
深み。
一徹。
不遜。
自分の伯母に、不遜というのは失礼な話だが、価値基準は、あくまでも彼女自身が決めたものに準じている。
それが、周囲には時として不遜なものに見えるのだ。
特に、偉い肩書を持っている人には。
そういう意味では、伯母は無敵のように見える。
いつか、リリューもあの不遜さを身につけるのだろうか。
「んと……とにかく、すごい人、です」
強い人、なんて言葉でうまくくくれなかった。
聞くよりも、見た方がいい。
そして、剣を打ち合わせた方がいいと、モモは思ったのだ。
「ふぅん……そうか」
いま。
少しだけ、エインの心の針が──都の方へ振れた気がした。
※
「今日は慎まなければならない日ですのに……」
朝早い剣の稽古だったが、やはりどうしても、剣を打ち合う音は隠せない。
それで、テイタッドレック親子、桃、そしてリリューが、ずらりと並べられてお小言をいただくこととなった。
「テイタッドレック卿が、率先して外に出られるとは何事ですの」
一番の罪人は、どうやら父だったようだ。
「すみません、夫人。今日しかなかったものですから」
苦笑交じりに微笑んで、父はまるで母に叱られる子のようだった。
「若い人は、迷信めいたことは嫌いでしょうけど……昔から言われていることには、それなりの理由があるのですから、19日だけは慎まれてくださいな」
そうして、ようやく夫人のお小言は締めくくられたのだ。
「おと……うさまは、満月は怖くないの?」
呼ぶ時に、たっぷりのためらいを拭えないまま、桃は夫人が見えなくなってから聞いた。
すると、父はふっと笑った。
「キク先生の方が怖いな」
あー、なるほど。
それは、同感だった。
「まあ、それは冗談にしても……これを握っていると、空の上にあるのが何でも気にならなくなる。不思議なものだな」
自分の腰に下がる日本刀に、ぽんと軽く触れる。
エインの視線が、一瞬だけその動きを追った。
そうよね。
うらやましくないわけがない。
桃だって、実際に刀を渡されるまで、欲しくて欲しくてしょうがなかった。
いまやまさに、彼はその時期なのだろう。
そんな、三人の動きとは違って。
リリューは、視線を遠くに投げていた。
何気ないというより。
何か、気になるものでもあるかのように。
「どうしたの、リリューにいさん?」
桃が、彼の視線の先を追ってはみたが。
「いや……何でもない」
本当に、何もなかった。