初めての嘘
∞
桃が部屋に帰ってきたら。
コーが、ソファでぼんやりしていた。
「コー? 大丈夫?」
その問いに、こくりと頷く姿は、どこか魂が入っていないように見える。
両手で、自分の胸を押さえたまま、彼女は遠い目をしていた。
ほんとに大丈夫かなぁ?
今日は、晩餐以外のほとんどの時間、コーと離れていた。
その間に、何かあったのだろうか。
「桃……」
ぽつりと、彼女が呟く。
「なあに?」
ようやく自分に向けられた視線は、ちょっとしょんぼりしたもので。
困った眉は、生まれて間もない生き物のように、いたいけに見える。
「コー……嘘ついちゃった」
それは──衝撃の言葉。
少なくとも、桃を驚かせる言葉だった。
言葉を愛し、言葉を使う彼女と、『嘘』は無縁のもののように思えた。
「ハレイルーシュリクスがね……来たの」
両手は、自分の胸に押し当てたまま。
「『恋』って言葉を教えてくれたんだけど……」
伏せられる、髪と同じ白いまつげ。
「コー……よく分かんないって答えちゃったの」
ぽうっと染まる頬。
あらら。
聞いている桃の方が、気恥ずかしくなった。
ハレは、彼女のことが好きなのだ。
それで、コーの自覚を促そうとしたのだろうか。
そして。
コーには、自覚があった。
自覚があったけれども、何かに戸惑って、彼女は分からないふりをしたのだ。
嘘をついたということは。
彼女は──『恋』を覚えたのだ。