良かった
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ノッカーが鳴ったので、リリューは寝台から身を起こした。
寝ていたわけではない。
横になって、頭の中にめぐることを、めぐるままにしていただけ。
「リリューにいさん?」
モモだった。
晴れやかで、そして少し照れくさそうな彼女の顔を見て、彼は理解した。
いいことが、あったのだ。
従妹にとって、何かとてもいい事。
「リリューにいさん、明日の朝早く、ちょっと時間ある?」
心が、ふわふわと浮いているような声だ。
こんなモモを見るのは、久しぶりだし珍しい。
「ああ……」
自分に、何の用事があるというのか。
ハレが呼ばない限り、彼が領主宅で出来ることなどなにもない。
「明日の朝、ちょっと手合わせしてもらえないかな?」
リリューは、首を傾げた。
単純なお願いにしては、少し回りくどかったからだ。
それと、モモにとっての良い事が、どう絡むかも想像つかない。
「えっと……その……さ……が……」
声が、ひゅーっと小さくなっていく。
「その……お……おとうさまが、リリューにいさんと手合わせしてみたいって」
耳まで、真っ赤だった。
そうか。
自分の知らない間に、モモの世界は動いていたのだ。
父に再会し、そして、父と呼べるようになっている。
それは、とてもぎこちなくて、しかし、とても嬉しそうで。
モモにとって良い事とは、父親のことだったのか。
『ととさまに会いたい』
ようやく、願いが叶ったのだ。
「分かった……良かったな」
言葉下手ながらに、リリューは彼女の願いの成就を喜んだのだ。
「う、うん……良かった」
桃は──首まで真っ赤になってしまった。