四十路
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エンチェルクは、本当はテルの従者になる気などなかった。
ウメに頼まれなければ、決して首を縦に振ることはなかっただろう。
彼女は、とてもずるい。
どうすれば、エンチェルクが断れないかを知っているのだ。
各地の状況を、自分に見てきて欲しいと。
何が足りて、何が足りていないのか。
ウメ自身では、見に行くことが出来ないから、と。
『あなたたちがいない二年の間、私は休息していましょう』
キクとその夫のところに、世話になっていてもいいとまで言われては、エンチェルクには断ることは出来なかった。
一生。
一生、ウメの心配をして生きていくと決めていた。
主が結婚していないのに、自分の結婚など考えることは出来なかった。
浮いた話がなかったわけではない。
道場に通っていたキクの弟子の兵士から、求婚されたこともあったのだ。
だが、エンチェルクは首を横に振った。
大事なものが出来るのが、怖かった。
その大事なものと、ウメを天秤に載せるのがいやだったのだ。
夫が。
子供が。
ウメと天秤にかけて、どちらに傾いたとしても、それは自分を深く傷つけるだろう。
そう考えると、彼女は結婚という選択肢を選ぶことは出来なかった。
しかし、エンチェルクは一人ではない。
ウメもいる。
愛らしいモモもいる。
何ひとつ、不満なことなどなかった。
だが、エンチェルクには仕事が出来た。
ウメから二年ほど離れて、旅をする仕事だ。
彼女の代わりに、全てをこの目に焼き付けて帰ろう。
自分には、そう誓うしか出来ることはない。
ああ。
ああ、でも。
ウメを心配することが、骨の髄までしみついているエンチェルクにとって、彼女なしの生活をすることには不安が山積みだった。
四十路も目の前の女だというのに──他の生き方を忘れてしまっていたのだ。