駿馬
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学者は、正直だな。
ハレは、ホックスの言葉に、そう感じた。
相手がどう思うかよりも、一番有益と思える話を最優先する。
だが、悪い話ではない。
少なくとも、あの太陽の木を愛しているジリアンにとっては、一番の良策と思えた。
しかし。
彼女は、まだ若い。
感情を、うまく理屈で割り切れないのだ。
バチン!
いい音がした。
彼女は、ホックスの頬を本気で引っぱたいたのだ。
涙目、だった。
首まで真っ赤にしたジリアンは、涙の粒をこぼしながら走り去ってしまったのである。
おそらく。
彼女のこれまでの人生で、これほど直接的にはっきりと痛い核心を突かれたことはなかっただろう。
あの領主の、孫娘への甘さを見ると、それがよく分かる。
そして。
ホックスは、さっぱり彼女の心の動きなど、理解できないのだ。
何故、はたかれたのかも分からずに、頬を抑えて呆然としている。
オロオロしているのは、モモだった。
彼女も、やりとりの一部始終を見ていたようで。
ホックスと、走り去るジリアンを交互に見つめて、どうすべきか悩んでいるように思えた。
「モモ……」
だから、ハレは彼女に呼びかけた。
「よかったら、追ってもらえないか?」
モモは、心の機微の分かる女性だ。
興奮したジリアンを落ち着かせて、そしてホックスの言わんとした真意を伝えてくれるはず。
「はい!」
彼女は、弾かれるように駆け出した。
「あ、れ?」
置いていかれたコーが、一拍遅れてキョロキョロするものの。
駿馬二人は、もはや祭の人ごみの向こうへと消えてしまっていたのだった。